梨は、だいたい重い

 スーパーの果物売り場で、真由は梨を持ち上げた。
 ずしり。
 もう一個持つ。
 ずしり。
 三個目。
 やっぱり、ずしり。
「梨って、こんな重かったっけ」
 独り言を言いながら、真由は買い物かごの中を見た。
 梨、五個。
 柿、四個。
 ぶどう、一房。
 りんご、三個。
 それから、なぜか栗まで一袋。
 完全に買いすぎている。
 真由は二十四歳。都内の小さな広告会社で働いている。
 普段の食生活は、コンビニのおにぎりと冷凍うどんに支えられていた。
 そんな彼女が、なぜ秋の果物を大量に買い込んでいるのか。
 理由は、三日前に遡る。
 昼休み、会社の給湯室で先輩の志保が梨を剥いていた。
「食べる?」
 差し出された一切れを、真由は何気なく口に入れた。
 しゃりっ。
 その瞬間、思わず志保を見た。
「なにこれ」
「梨」
「いや、それは分かります」
「豊水」
「名前まで強そう」
 水分が多く、甘くて、少しだけ酸味がある。
 普段食べているカットフルーツとは、なんとなく違った。
 真由はもう一切れもらった。
「秋って、こんな味するんだ」
「急に文学的になったね」
 志保は笑った。
 その日の帰り、真由は駅前のスーパーへ寄った。
 目的は梨だった。
 ところが果物売り場に着くと、梨の横に柿が並んでいた。
 さらに、その横にりんごがあり、その奥には巨峰があった。
 全部、秋っぽい。
 真由はしばらく売り場の前で立ち尽くした。
「これは…季節を買うということでは」
 誰に聞かせるでもなく呟いた。
 十分後。
 季節は、買い物かごを破壊しそうな重量になっていた。
 そして現在。
 真由はその重い季節を両手に提げ、自宅のアパートまで歩いていた。
「重っ…秋、重っ」
 袋の持ち手が指に食い込む。
 スーパーから家まで徒歩八分。
 普段なら近い。
 今日は遠い。
 信号待ちで袋を地面に置くと、隣にいた小学生くらいの男の子が、真由の袋を見た。
「いっぱいある」
「うん」
「果物屋さん?」
「違うよ」
「じゃあ、なんで?」
 真由は少し考えた。
「勢い」
 男の子は納得したように頷いた。
 子どもは時々、大人より理解が早い。
 家へ帰ると、真由は果物をテーブルいっぱいに並べた。
 梨。
 柿。
 りんご。
 ぶどう。
 栗。
「よし」
 何がよしなのかは分からない。
 とりあえず梨を一個剥く。
 包丁を入れた瞬間、皮が厚く剥けた。
「もったいなっ」
 二回目。
 今度は薄すぎて途中で切れた。
 三回目。
 変な形になった。
 真由は無言で梨を見つめた。
 給湯室で志保が剥いていた梨は、もっときれいだった気がする。
 食べれば同じだ。
 そう思って皿に盛る。
 一口食べる。
 おいしい。
 ただし、一人で一個食べると結構多い。
「五個あるんだよな…」
 翌朝。
 梨。
 夜。
 柿。
 翌朝。
 りんご。
 夜。
 ぶどう。
 二日目の夜、真由は気づいた。
「果物って、減らない」
 正確には減っている。
 だが見た目ほど減っていかない。
 特に梨が強い。
 冷蔵庫を開けるたびに、奥から丸い影がこちらを見ている。
 三日目。
 志保にメッセージを送った。
『梨って冷凍できます?』
 すぐに返事が来た。
『どうした』
『五個買いました』
『なんで』
『秋だったので』
 数秒、既読だけがついた。
 やがて返信が来る。
『明日持ってきな』
 翌日。
 真由は会社へ梨を二個持っていった。
「おはようございまーす」
「ほんとに持ってきた」
 志保が呆れた顔をする。
「助けてください」
「遭難者みたいに言わないで」
 昼休み。
 給湯室で志保が梨を剥き始めると、隣の席の後輩が顔を出した。
「梨ですか?」
「食べる?」
「いいんですか?」
 さらに別の人が来た。
「あ、梨あるじゃん」
「なんか果物の匂いすると思った」
 気づけば六人くらい集まっていた。
 真由が買った梨は、あっという間になくなった。
「え」
 空になった皿を見て、真由は驚いた。
 家ではあれほど減らなかったのに。
 志保が言う。
「そりゃ、一人で食べようとするからでしょ」
「なるほど」
 その日の仕事帰り。
 真由はスーパーへ寄った。
 果物売り場の前で立ち止まる。
 梨。
 柿。
 りんご。
 ぶどう。
 昨日までなら、また勢いでかごへ入れていた。
 けれど今日は、少し考えた。
 そして梨を二個だけ買った。
 翌日、真由は会社に一個持っていった。
 昼休み。
「今日も梨?」
 志保が聞く。
「今日は計画的です」
「成長したね」
「もう一個は家にあります」
「うん」
「でも柿が六個あります」
 志保の手が止まった。
「増えてない?」
 真由は目を逸らした。
 昨日、梨を二個だけ買った。
 そのあと、柿が安かったのだ。
 しかも、大袋だった。
「秋って誘惑多いですね」
 真由が言うと、志保はため息をついた。
「明日、柿持ってきな」
「はい」
 翌日の昼休み。
 給湯室には柿が並んだ。
 その次の日は、ぶどう。
 さらにその次は、りんご。
 いつしか昼休みになると、誰かが給湯室を覗くようになった。
「今日は何?」
「今日はなし」
「梨?」
「違います。何もなし」
 その返事に、なぜか少し残念そうな声が上がった。
 真由は笑った。
 窓の外では、いつの間にか街路樹が色づき始めていた。
 果物売り場で一人で買い込んだ秋は、どうにも重かった。
 けれど、切って皿に並べて、誰かと食べると、驚くほど軽くなる。
 その日の帰り。
 真由はスーパーに寄った。
 果物売り場を一周する。
 梨。
 柿。
 りんご。
 ぶどう。
 そして一番端に、みかんが並び始めていた。
 真由は立ち止まった。
「冬…来てるな」
 少し迷ってから、みかんの袋を持ち上げる。
 ずしり。
 真由は三秒考えた。
 そして、そっと棚へ戻した。
 代わりに二個入りの小さな袋を取る。
「私はもう学習した」
 その直後。
 横に「新物・焼き芋用」と書かれたさつまいもが並んでいるのを見つけた。
 真由の足が止まる。
「……これは果物じゃないから、別枠では?」
 五分後。
 真由は、みかん二個と、さつまいも四本を抱えてレジへ向かっていた。

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