ハリウッドが東京を見た日
「ハリウッドが東京を見た日」
ロサンゼルス。
巨大な撮影スタジオの会議室で、十数人の映画会社幹部がスクリーンを見つめていた。
世界興行収入ランキング。
一位。
日本映画。
二位。
日本映画。
三位。
アメリカ映画。
四位。
日本映画。
五位。
英国・日本合作。
六位。
日本映画。
映画会社社長のマイケル・バーンズが腕を組んだ。
「これは何だ?」
誰も答えない。
「世界興行ランキングです」
「それは分かっている」
バーンズが一位を指差す。
「これだ」
『最後の夏、月で君を待つ』
日本の実写映画だった。
アニメではない。
怪獣も出ない。
高校生でもない。
月面都市で暮らす日本人女性と、地球に残った恋人を描いた恋愛映画。
制作費、一億八千万ドル。
世界興行収入、三十八億ドル。
バーンズは資料を置いた。
「なぜ月面恋愛映画が三十八億ドルなんだ?」
若い幹部が答える。
「JAXAが撮影協力しています」
「本当に月で撮ったのか?」
「一部は」
「…………」
勝てるわけがなかった。
「だが、ハリウッドにはスターがいる」
別の幹部が言った。
バーンズが頷く。
「そうだ」
アメリカには俳優がいる。
監督がいる。
脚本家がいる。
百年以上積み上げた映画文化がある。
「日本に全部取られるほど弱くない」
その時、別の資料が配られた。
世界俳優収入ランキング。
一位。
アメリカ人俳優。
バーンズが笑った。
「ほら見ろ!」
「所属は東京の芸能事務所です」
笑顔が消えた。
二位。
英国人。
「これは?」
「日本資本の映画会社と専属契約です」
三位。
日本人。
四位。
フランス人。
「こいつは?」
「日本の配信会社が制作したドラマでブレイクしました」
バーンズが資料を閉じる。
「日本人じゃなくても日本に取られてるじゃないか!」
そこが一番恐ろしかった。
日本映画が世界を席巻しているのではない。
日本の映画産業が、世界中の才能を集めていた。
アメリカ人監督が東京で映画を撮る。
英国人俳優が日本企業と契約する。
韓国人脚本家が日本の配信会社へ企画を持ち込む。
インド人VFX技術者が大阪のスタジオで働く。
フランス人作曲家が日本映画の音楽を担当する。
作品の国籍そのものが、だんだん意味を失っていた。
ただ一つ共通する。
金を出しているのが日本だった。
ワシントン。
数日後。
ドナルド・グレイヴスはホワイトハウスで報告を受けていた。
「映画まで?」
「はい」
「ITも日本」
「はい」
「自動車も日本」
「はい」
「宇宙も日本」
「はい」
「製造業も日本」
「はい」
グレイヴスが机を叩く。
「HollywoodはAmericaだろ!」
「所在地は今もアメリカです」
「そういう話じゃない!」
側近が資料を差し出す。
「ただ、アメリカ映画産業そのものが衰退しているわけではありません」
グレイヴスの動きが止まった。
「どういうことだ?」
「過去最高益です」
「……」
「アメリカ国内の映画制作本数も増えています」
「……」
「雇用も増加しています」
「待て」
グレイヴスが手を上げた。
「日本に負けてるのに?」
「市場そのものが巨大化しています」
世界最大の日本市場。
人口六億。
さらに日本企業が世界中に構築した配信網。
映画館。
翻訳AI。
国際決済。
結果として、世界の映画市場そのものが以前とは比較にならないほど巨大になっていた。
アメリカ映画も、その恩恵を受けている。
「つまり?」
「アメリカ映画は以前より儲かっています」
「GOOD!」
「ただ、日本映画はその三倍ほど儲かっています」
「BAD!」
感情が忙しかった。
グレイヴスは立ち上がった。
「ハリウッドを復活させる!」
側近が困った顔をする。
「衰退してはいません」
「世界一に戻す!」
「それなら分かります」
「税制優遇だ!」
「すでにあります」
「映画学校へ投資!」
「できます」
「VFX!」
「日本企業が強いです」
「じゃあ買え!」
「日本企業を?」
「技術をだ!」
グレイヴスは拳を握った。
「Americaは映画の国だ。世界中の人間がアメリカ映画を見て育った。そこだけは譲らない!」
珍しく、側近たちも頷いた。
これは単なる市場シェアの話ではない。
アメリカが世界へ送り出してきた物語の話だった。
半年後。
ハリウッド。
巨大な新スタジオが完成した。
アメリカ政府の支援。
アメリカ企業の出資。
アメリカ人監督。
アメリカ人俳優。
最新鋭の撮影設備。
グレイヴス自身が開所式へやって来た。
「今日、American Cinemaは新しい時代へ入る!」
歓声。
「世界最高の映画を、ここHollywoodからもう一度送り出す!」
さらに大きな歓声。
グレイヴスが後ろの巨大LEDスクリーンを指差した。
「見ろ! 世界最高性能のバーチャル撮影システムだ!」
拍手。
側近が小声で尋ねる。
「大統領」
「なんだ?」
「あれ、日本製です」
グレイヴスの笑顔が止まった。
「……」
「カメラも」
「……」
「レンダリングAIも」
「もういい」
「はい」
グレイヴスは再び観客へ向いた。
「だが使うのはAmericanだ!」
大歓声。
理屈としては間違っていなかった。
その年。
アメリカの超大作映画が公開された。
『FREEDOM』
制作費四億ドル。
巨大宇宙船。
戦闘機。
家族愛。
友情。
自由。
これでもかというほどアメリカを詰め込んだ映画だった。
世界興行収入。
二十九億ドル。
ハリウッド史上最大級の成功。
グレイヴスはホワイトハウスで報告を聞いた。
「世界一か?」
側近が答える。
「二位です」
「…………一位は?」
資料が置かれる。
日本映画。
『父の弁当』
制作費二千万ドル。
定年退職した父親が、働く娘のために毎朝弁当を作るだけの映画だった。
世界興行収入。
三十一億ドル。
グレイヴスは資料を二度見した。
「……宇宙船は?」
「出ません」
「爆発」
「ありません」
「世界の危機」
「ありません」
「敵は?」
「特にいません」
「何が起きるんだ?」
「父親が弁当を作ります」
「二時間?」
「二時間です」
グレイヴスは椅子にもたれた。
「なぜだ……」
側近がレビューを読む。
「『父娘の距離感を静かに描いた傑作』」
「……」
「『最後の卵焼きで泣いた』」
「……」
「『今年最も優しい映画』」
グレイヴスは天井を見た。
四億ドル。
宇宙艦隊。
世界最高峰の俳優。
巨大VFX。
それが――。
弁当に負けた。
東京。
安西晋一郎は『父の弁当』の世界的大ヒットについて記者から質問されていた。
「総理、日本映画が再び世界興行一位となりました」
「嬉しいですね」
「日本のソフトパワーを象徴する結果との見方もあります」
安西は少し考える。
「そこまで難しく考えなくてもいいんじゃないですか」
「と言いますと?」
「面白い映画だったから、みんな見た。それでいいでしょう」
それだけだった。
日本政府が映画で世界を支配しようとしているわけではない。
日本文化を外国へ強制しているわけでもない。
面白いものを作った。
世界中の人間が見た。
ただ、それだけ。
ロサンゼルス。
マイケル・バーンズは次回作の企画会議に出ていた。
「次は制作費五億ドルのSF大作を――」
若いプロデューサーが手を上げた。
「社長」
「なんだ?」
「もっと小さい話でもいいんじゃないでしょうか」
「例えば?」
「父親と息子がキャンプに行くとか」
会議室が静かになる。
バーンズは少し考えた。
「……予算は?」
「三千万ドル」
「爆発は?」
「一回くらい焚き火が」
「少ないな」
「でも物語があります」
バーンズは腕を組んだ。
やがて頷いた。
「やってみろ」
ハリウッドは終わっていなかった。
むしろ以前より巨大だった。
ただ、世界一ではなくなった。
だからもう一度、世界一を目指す。
東京を真似するのではない。
東京に勝つためでもない。
自分たちにしか作れない映画を作る。
それが、百年以上映画を作ってきた街の答えだった。
そのころホワイトハウス。
グレイヴスは『父の弁当』を見終えていた。
側近が恐る恐る尋ねる。
「どうでした?」
「……普通だ」
「泣いてません?」
「泣いてない」
「目が赤いですが」
「花粉だ」
「室内です」
グレイヴスは睨んだ。
「シンには言うな」
「もちろんです」
数秒後。
グレイヴスが小さく付け加えた。
「……卵焼きのところは、悪くなかった」
側近は笑わなかった。
笑ったら負けだと分かっていた。
世界最大の映画大国、日本。
そして、世界で最も有名な映画の街、ハリウッド。
その競争は――。
戦争なんかより、ずっと平和で面白かった。
ロサンゼルス。
巨大な撮影スタジオの会議室で、十数人の映画会社幹部がスクリーンを見つめていた。
世界興行収入ランキング。
一位。
日本映画。
二位。
日本映画。
三位。
アメリカ映画。
四位。
日本映画。
五位。
英国・日本合作。
六位。
日本映画。
映画会社社長のマイケル・バーンズが腕を組んだ。
「これは何だ?」
誰も答えない。
「世界興行ランキングです」
「それは分かっている」
バーンズが一位を指差す。
「これだ」
『最後の夏、月で君を待つ』
日本の実写映画だった。
アニメではない。
怪獣も出ない。
高校生でもない。
月面都市で暮らす日本人女性と、地球に残った恋人を描いた恋愛映画。
制作費、一億八千万ドル。
世界興行収入、三十八億ドル。
バーンズは資料を置いた。
「なぜ月面恋愛映画が三十八億ドルなんだ?」
若い幹部が答える。
「JAXAが撮影協力しています」
「本当に月で撮ったのか?」
「一部は」
「…………」
勝てるわけがなかった。
「だが、ハリウッドにはスターがいる」
別の幹部が言った。
バーンズが頷く。
「そうだ」
アメリカには俳優がいる。
監督がいる。
脚本家がいる。
百年以上積み上げた映画文化がある。
「日本に全部取られるほど弱くない」
その時、別の資料が配られた。
世界俳優収入ランキング。
一位。
アメリカ人俳優。
バーンズが笑った。
「ほら見ろ!」
「所属は東京の芸能事務所です」
笑顔が消えた。
二位。
英国人。
「これは?」
「日本資本の映画会社と専属契約です」
三位。
日本人。
四位。
フランス人。
「こいつは?」
「日本の配信会社が制作したドラマでブレイクしました」
バーンズが資料を閉じる。
「日本人じゃなくても日本に取られてるじゃないか!」
そこが一番恐ろしかった。
日本映画が世界を席巻しているのではない。
日本の映画産業が、世界中の才能を集めていた。
アメリカ人監督が東京で映画を撮る。
英国人俳優が日本企業と契約する。
韓国人脚本家が日本の配信会社へ企画を持ち込む。
インド人VFX技術者が大阪のスタジオで働く。
フランス人作曲家が日本映画の音楽を担当する。
作品の国籍そのものが、だんだん意味を失っていた。
ただ一つ共通する。
金を出しているのが日本だった。
ワシントン。
数日後。
ドナルド・グレイヴスはホワイトハウスで報告を受けていた。
「映画まで?」
「はい」
「ITも日本」
「はい」
「自動車も日本」
「はい」
「宇宙も日本」
「はい」
「製造業も日本」
「はい」
グレイヴスが机を叩く。
「HollywoodはAmericaだろ!」
「所在地は今もアメリカです」
「そういう話じゃない!」
側近が資料を差し出す。
「ただ、アメリカ映画産業そのものが衰退しているわけではありません」
グレイヴスの動きが止まった。
「どういうことだ?」
「過去最高益です」
「……」
「アメリカ国内の映画制作本数も増えています」
「……」
「雇用も増加しています」
「待て」
グレイヴスが手を上げた。
「日本に負けてるのに?」
「市場そのものが巨大化しています」
世界最大の日本市場。
人口六億。
さらに日本企業が世界中に構築した配信網。
映画館。
翻訳AI。
国際決済。
結果として、世界の映画市場そのものが以前とは比較にならないほど巨大になっていた。
アメリカ映画も、その恩恵を受けている。
「つまり?」
「アメリカ映画は以前より儲かっています」
「GOOD!」
「ただ、日本映画はその三倍ほど儲かっています」
「BAD!」
感情が忙しかった。
グレイヴスは立ち上がった。
「ハリウッドを復活させる!」
側近が困った顔をする。
「衰退してはいません」
「世界一に戻す!」
「それなら分かります」
「税制優遇だ!」
「すでにあります」
「映画学校へ投資!」
「できます」
「VFX!」
「日本企業が強いです」
「じゃあ買え!」
「日本企業を?」
「技術をだ!」
グレイヴスは拳を握った。
「Americaは映画の国だ。世界中の人間がアメリカ映画を見て育った。そこだけは譲らない!」
珍しく、側近たちも頷いた。
これは単なる市場シェアの話ではない。
アメリカが世界へ送り出してきた物語の話だった。
半年後。
ハリウッド。
巨大な新スタジオが完成した。
アメリカ政府の支援。
アメリカ企業の出資。
アメリカ人監督。
アメリカ人俳優。
最新鋭の撮影設備。
グレイヴス自身が開所式へやって来た。
「今日、American Cinemaは新しい時代へ入る!」
歓声。
「世界最高の映画を、ここHollywoodからもう一度送り出す!」
さらに大きな歓声。
グレイヴスが後ろの巨大LEDスクリーンを指差した。
「見ろ! 世界最高性能のバーチャル撮影システムだ!」
拍手。
側近が小声で尋ねる。
「大統領」
「なんだ?」
「あれ、日本製です」
グレイヴスの笑顔が止まった。
「……」
「カメラも」
「……」
「レンダリングAIも」
「もういい」
「はい」
グレイヴスは再び観客へ向いた。
「だが使うのはAmericanだ!」
大歓声。
理屈としては間違っていなかった。
その年。
アメリカの超大作映画が公開された。
『FREEDOM』
制作費四億ドル。
巨大宇宙船。
戦闘機。
家族愛。
友情。
自由。
これでもかというほどアメリカを詰め込んだ映画だった。
世界興行収入。
二十九億ドル。
ハリウッド史上最大級の成功。
グレイヴスはホワイトハウスで報告を聞いた。
「世界一か?」
側近が答える。
「二位です」
「…………一位は?」
資料が置かれる。
日本映画。
『父の弁当』
制作費二千万ドル。
定年退職した父親が、働く娘のために毎朝弁当を作るだけの映画だった。
世界興行収入。
三十一億ドル。
グレイヴスは資料を二度見した。
「……宇宙船は?」
「出ません」
「爆発」
「ありません」
「世界の危機」
「ありません」
「敵は?」
「特にいません」
「何が起きるんだ?」
「父親が弁当を作ります」
「二時間?」
「二時間です」
グレイヴスは椅子にもたれた。
「なぜだ……」
側近がレビューを読む。
「『父娘の距離感を静かに描いた傑作』」
「……」
「『最後の卵焼きで泣いた』」
「……」
「『今年最も優しい映画』」
グレイヴスは天井を見た。
四億ドル。
宇宙艦隊。
世界最高峰の俳優。
巨大VFX。
それが――。
弁当に負けた。
東京。
安西晋一郎は『父の弁当』の世界的大ヒットについて記者から質問されていた。
「総理、日本映画が再び世界興行一位となりました」
「嬉しいですね」
「日本のソフトパワーを象徴する結果との見方もあります」
安西は少し考える。
「そこまで難しく考えなくてもいいんじゃないですか」
「と言いますと?」
「面白い映画だったから、みんな見た。それでいいでしょう」
それだけだった。
日本政府が映画で世界を支配しようとしているわけではない。
日本文化を外国へ強制しているわけでもない。
面白いものを作った。
世界中の人間が見た。
ただ、それだけ。
ロサンゼルス。
マイケル・バーンズは次回作の企画会議に出ていた。
「次は制作費五億ドルのSF大作を――」
若いプロデューサーが手を上げた。
「社長」
「なんだ?」
「もっと小さい話でもいいんじゃないでしょうか」
「例えば?」
「父親と息子がキャンプに行くとか」
会議室が静かになる。
バーンズは少し考えた。
「……予算は?」
「三千万ドル」
「爆発は?」
「一回くらい焚き火が」
「少ないな」
「でも物語があります」
バーンズは腕を組んだ。
やがて頷いた。
「やってみろ」
ハリウッドは終わっていなかった。
むしろ以前より巨大だった。
ただ、世界一ではなくなった。
だからもう一度、世界一を目指す。
東京を真似するのではない。
東京に勝つためでもない。
自分たちにしか作れない映画を作る。
それが、百年以上映画を作ってきた街の答えだった。
そのころホワイトハウス。
グレイヴスは『父の弁当』を見終えていた。
側近が恐る恐る尋ねる。
「どうでした?」
「……普通だ」
「泣いてません?」
「泣いてない」
「目が赤いですが」
「花粉だ」
「室内です」
グレイヴスは睨んだ。
「シンには言うな」
「もちろんです」
数秒後。
グレイヴスが小さく付け加えた。
「……卵焼きのところは、悪くなかった」
側近は笑わなかった。
笑ったら負けだと分かっていた。
世界最大の映画大国、日本。
そして、世界で最も有名な映画の街、ハリウッド。
その競争は――。
戦争なんかより、ずっと平和で面白かった。