今日も、爆撃

「空襲警報!」

 町中にサイレンが響いた。

「またかー!」

 八百屋のおじさんが大根を抱えたまま走る。

 魚屋のおばちゃんは氷の上に魚を並べたまま叫ぶ。

「誰かサバ持って!」

「いや、サバは置いていけ!」

 商店街は今日も大騒ぎだった。

 子どもたちは慣れたものである。

 ランドセルを背負ったまま、防空壕へ一直線。

「今日は一番!」

「ずるいぞ!」

「昨日もお前だったじゃん!」

 先生は額の汗を拭きながら出席簿を開く。

「山田!」

「はい!」

「佐藤!」

「はい!」

「田中!」

 返事がない。

「田中!」

 すると遠くから声がした。

「先生ー!」

 田中は全力で走ってくる。

 その腕には猫。

「また猫か!」

「置いてこれません!」

「今日は三匹です!」

「増えてるじゃないか!」

 防空壕の中で笑いが起きる。

 誰かが猫を受け取る。

「こいつ去年より太ったな」

「避難しすぎだ」

 猫は気にする様子もなく、丸くなって眠り始めた。

 しばらくして。

 空襲警報解除。

「よし、戻るぞ!」

 みんなが外へ出る。

 八百屋へ戻るおじさんが立ち止まった。

「……大根ない」

「あ」

 隣のおばちゃんが笑う。

「さっき抱えたまま逃げたじゃない」

「あっ!」

 防空壕の入口には、大根が十本きれいに並んでいた。

「誰だよ、整列させたの!」

 子どもたちが笑う。

 翌日。

 またサイレン。

「空襲警報!」

「今日は忘れねえぞ!」

 八百屋のおじさんは大根を置いて走った。

 防空壕へ着く。

 満足そうに頷く。

「よし!」

 すると魚屋のおばちゃんが叫ぶ。

「おじさん!」

「なんだ!」

「今日は財布持った?」

「……」

 全員が振り返る。

「忘れた!」

「昨日と同じじゃねえか!」

 防空壕は大笑いになった。

 そんな毎日だった。

 怖くないわけじゃない。

 爆弾の音が聞こえる日は眠れなかった。

 家族が無事か、不安で胸が締めつけられる夜もあった。

 それでも朝になれば店を開ける。

 野菜を並べる。

 魚を並べる。

 子どもたちは学校へ行く。

 誰かが冗談を言う。

 誰かが笑う。

「笑ってる場合じゃない」

 そう言われれば、その通りだった。

 でも、笑わなければ心が折れてしまう。

 だから人は、怖い日々の中でも笑った。

 戦争を笑っていたんじゃない。

 明日も生きるために、笑っていた。

 終戦から何十年も経ったある日。

 町の資料館で、一枚の古い写真が見つかった。

 防空壕の前で、ずらりと並んだ十本の大根。

 裏には、小さな字でこう書かれていた。

『避難より、大根のほうが整列していた日。』

 その写真を見た若い学芸員は思わず吹き出した。

 隣にいた白髪のおじいさんも、つられて笑う。

「あの日は本当に大変だったんだよ」

 そう言いながらも、どこか懐かしそうだった。

「でもね」

 おじいさんは写真を見つめながら続ける。

「戦争なんて二度とごめんだ。でも、あの頃のみんなの笑顔だけは、本物だった」

 学芸員は静かに頷いた。

 写真の中では、大根が今日もきれいに整列している。

 まるで、「明日もまた会おう」と約束しているみたいに。

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