日本が争点になった中間選挙
「日本が争点になった中間選挙」
アメリカは依然として世界有数の大国だった。
だが、世界一ではない。
その世界一の国は――。
太平洋の向こうにあった。
十一月。
アメリカ中間選挙。
「今回の最大の争点は?」
ニュース番組の司会者が尋ねる。
政治評論家が答えた。
「物価です」
「移民」
「医療」
「治安」
「住宅価格」
そこまでは普通だった。
司会者が次の質問をする。
「外交では?」
出演者全員が同時に答えた。
「日本です」
ペンシルベニア州。
上院議員候補によるテレビ討論。
共和党候補、ジョナサン・クラーク。
民主党候補、エミリー・ハート。
司会者が質問する。
「日本との関係についてどう考えますか?」
クラークが先に答えた。
「日本は我が国の最重要同盟国だ」
ハートが即座に言う。
「それには同意します」
「しかし現政権は日本に譲歩しすぎている!」
「あなたの党の大統領ですよ?」
「それとこれは別だ!」
討論会場がざわつく。
クラークが続けた。
「我々は日本との同盟を強化する。しかしAmericaの産業も守らなければならない!」
ハートが反論する。
「では日本製半導体への関税を上げるのですか?」
「必要なら!」
「あなたの選挙事務所のサーバー、日本製ですよ」
「……」
会場から笑いが起きた。
クラークが机を見る。
「それはスタッフが選んだ」
「スマートフォンも?」
クラークは黙った。
ポケットには日本製端末が入っていた。
ホワイトハウス。
ドナルド・グレイヴスはテレビ討論を見ながら不機嫌だった。
「なんだあいつは」
側近が尋ねる。
「クラーク候補ですか?」
「『現政権は日本に譲歩しすぎ』だと?」
「言っています」
グレイヴスが立ち上がった。
「譲歩していない!」
「はい」
「私はシンと最高の取引をしている!」
「はい」
「世界で誰よりもだ!」
「はい」
「英国よりも!」
側近は少し黙った。
「今、英国は関係ないと思います」
「関係ある!」
なかった。
選挙戦が進むにつれ、不思議な現象が起きた。
日本批判をする候補者はいる。
だが――。
日米同盟を壊せと言う候補者は、ほとんどいなかった。
理由は単純だった。
アメリカ国内の工場。
日本企業の投資。
日本市場への輸出。
円建て金融。
半導体。
AI。
医療機器。
航空部品。
自動車。
映画。
宇宙。
どこを切っても、日本が出てくる。
そして何より安全保障。
日本はアメリカにとって最大級の同盟国だった。
有権者もそれを知っている。
オハイオ州。
自動車工場で働く男性がテレビ取材に答えていた。
「日本企業が嫌いかって?」
「はい」
「別に」
「工場は日本企業ですが」
「給料くれるし」
「日本への依存が強すぎるという意見については?」
男性は少し考えた。
「依存しすぎは良くないと思う」
「では日本企業を追い出す?」
「それは困る」
「……」
「もっとアメリカ企業も強くなれってことだよ」
かなり現実的だった。
カリフォルニア。
若者向け討論イベント。
大学生が候補者へ質問する。
「日本のIT企業が世界市場を独占している状況をどう考えますか?」
候補者が答える。
「競争力を取り戻す必要があります」
「では日本製サービスを規制しますか?」
「慎重に検討する」
「僕、日本の配信サービスでこの討論見てます」
会場が笑った。
別の学生。
「私は日本企業のAI研究所へ就職予定です」
さらに別。
「兄はJAXAとの共同研究プロジェクトに参加しています」
候補者は少し困った。
アメリカ人にとって日本は、
競争相手であり、雇用主であり、顧客であり、投資先であり、同盟国でもあった。
単純な敵にはできない。
北京。
習静峰はアメリカ中間選挙のニュースを見ていた。
「日本が争点?」
「はい」
側近が答える。
「各候補者が日米関係について発言しています」
静峰が少し笑った。
「中国ではなく?」
「中国も争点ではあります」
「だが日本の方が多い?」
「経済関係では」
静峰は腕を組んだ。
「時代が変わったな」
「アメリカが日本を警戒しているということでしょうか」
「違う」
静峰は画面を見る。
共和党候補も。
民主党候補も。
日本との関係を壊すとは言わない。
「怖いから離れたい相手と、重要だから離れられない相手は違う」
側近が頷いた。
「日本は後者だ」
モスクワ。
ヴォルコフはもっと簡単だった。
「アメリカで日本が選挙争点になっています」
「そうか」
「どう見ますか?」
「正常だ」
「正常?」
「世界最大の経済国との関係が選挙争点にならない方がおかしい」
「グレイヴス大統領は、日本との関係が自分の成果だと」
ヴォルコフが新聞を閉じる。
「それも正常だ」
「……そうでしょうか」
「政治家は成果を自分のものにする」
少し間を置く。
「失敗は前任者のものにする」
側近が黙った。
妙に説得力があった。
選挙前夜。
グレイヴスは大規模集会に登壇した。
「Americaは再び強くなっている!」
歓声。
「我々は世界最高の経済を作る!」
歓声。
「そしてJapanとの関係は――」
さらに歓声が大きくなる。
グレイヴスが拳を掲げる。
「史上最高だ!」
聴衆が沸く。
「安西首相は私の友人だ!」
歓声。
「誰よりも親しい!」
さらに歓声。
「英国首相よりも!」
一瞬だけ拍手が弱くなった。
側近が舞台袖で顔を覆った。
なぜそこを入れる。
グレイヴスは気にしない。
「日本はAmericaを必要としている!」
会場が沸く。
側近が小さく呟いた。
「逆もかなりですが」
誰にも聞こえなかった。
投票日。
結果。
上院。
与党、辛うじて多数維持。
下院。
野党が僅差で奪還。
完全勝利でも、大敗でもない。
典型的な中間選挙だった。
グレイヴスは結果を見ながら言った。
「勝った」
側近が答える。
「下院は負けています」
「上院は勝った」
「はい」
「つまり勝った」
「……はい」
いつもの理論だった。
翌日。
各国政府が祝意を発表する。
日本政府も声明を出した。
「米国民の民主的選択に敬意を表し、今後とも日米関係のさらなる発展を期待する」
それだけだった。
ホワイトハウス。
グレイヴスが声明を読む。
「シンから電話は?」
「まだありません」
「なぜだ?」
「中間選挙ですから」
「電話くらいするだろ!」
「日本時間は深夜です」
グレイヴスが時計を見る。
少し考えた。
「……朝まで待つ」
側近が驚いた。
珍しく常識的だった。
そして八時間後。
日本から電話が来た。
グレイヴスは一回目の呼び出し音で取った。
「シン!」
『ドナルド、お疲れさまでした』
「勝ったぞ!」
『下院は?』
「そこはいい!」
安西が笑う。
『これから議会運営が大変ですね』
「問題ない!」
『そうですか』
「それよりシン」
『はい』
「選挙中、Americaで日本が大きな争点になっていた」
『ニュースで見ました』
「つまりJapanはAmericaにとって重要だ」
『ありがたいことですね』
グレイヴスが満足そうに頷く。
「AmericaもJapanにとって重要だろ?」
安西が少し黙った。
『もちろんですよ』
グレイヴスの顔が明るくなる。
「最重要?」
安西は受話器を少し離した。
また始まった。
「ドナルド」
『なんだ?』
「選挙終わったんだから、少し休んだら?」
グレイヴスは数秒考えた。
「ゴルフするか?」
安西は笑った。
『今度ね』
アメリカ中間選挙。
物価。
移民。
医療。
住宅。
治安。
そして日本。
世界最強国家との付き合い方が、いつの間にかアメリカ国内政治の一部になっていた。
それでも選挙を決めるのは日本ではない。
安西でもない。
円でもない。
日本企業でもない。
アメリカ国民だった。
世界の力関係がどれだけ変わっても――。
そこだけは、変わらなかった。
アメリカは依然として世界有数の大国だった。
だが、世界一ではない。
その世界一の国は――。
太平洋の向こうにあった。
十一月。
アメリカ中間選挙。
「今回の最大の争点は?」
ニュース番組の司会者が尋ねる。
政治評論家が答えた。
「物価です」
「移民」
「医療」
「治安」
「住宅価格」
そこまでは普通だった。
司会者が次の質問をする。
「外交では?」
出演者全員が同時に答えた。
「日本です」
ペンシルベニア州。
上院議員候補によるテレビ討論。
共和党候補、ジョナサン・クラーク。
民主党候補、エミリー・ハート。
司会者が質問する。
「日本との関係についてどう考えますか?」
クラークが先に答えた。
「日本は我が国の最重要同盟国だ」
ハートが即座に言う。
「それには同意します」
「しかし現政権は日本に譲歩しすぎている!」
「あなたの党の大統領ですよ?」
「それとこれは別だ!」
討論会場がざわつく。
クラークが続けた。
「我々は日本との同盟を強化する。しかしAmericaの産業も守らなければならない!」
ハートが反論する。
「では日本製半導体への関税を上げるのですか?」
「必要なら!」
「あなたの選挙事務所のサーバー、日本製ですよ」
「……」
会場から笑いが起きた。
クラークが机を見る。
「それはスタッフが選んだ」
「スマートフォンも?」
クラークは黙った。
ポケットには日本製端末が入っていた。
ホワイトハウス。
ドナルド・グレイヴスはテレビ討論を見ながら不機嫌だった。
「なんだあいつは」
側近が尋ねる。
「クラーク候補ですか?」
「『現政権は日本に譲歩しすぎ』だと?」
「言っています」
グレイヴスが立ち上がった。
「譲歩していない!」
「はい」
「私はシンと最高の取引をしている!」
「はい」
「世界で誰よりもだ!」
「はい」
「英国よりも!」
側近は少し黙った。
「今、英国は関係ないと思います」
「関係ある!」
なかった。
選挙戦が進むにつれ、不思議な現象が起きた。
日本批判をする候補者はいる。
だが――。
日米同盟を壊せと言う候補者は、ほとんどいなかった。
理由は単純だった。
アメリカ国内の工場。
日本企業の投資。
日本市場への輸出。
円建て金融。
半導体。
AI。
医療機器。
航空部品。
自動車。
映画。
宇宙。
どこを切っても、日本が出てくる。
そして何より安全保障。
日本はアメリカにとって最大級の同盟国だった。
有権者もそれを知っている。
オハイオ州。
自動車工場で働く男性がテレビ取材に答えていた。
「日本企業が嫌いかって?」
「はい」
「別に」
「工場は日本企業ですが」
「給料くれるし」
「日本への依存が強すぎるという意見については?」
男性は少し考えた。
「依存しすぎは良くないと思う」
「では日本企業を追い出す?」
「それは困る」
「……」
「もっとアメリカ企業も強くなれってことだよ」
かなり現実的だった。
カリフォルニア。
若者向け討論イベント。
大学生が候補者へ質問する。
「日本のIT企業が世界市場を独占している状況をどう考えますか?」
候補者が答える。
「競争力を取り戻す必要があります」
「では日本製サービスを規制しますか?」
「慎重に検討する」
「僕、日本の配信サービスでこの討論見てます」
会場が笑った。
別の学生。
「私は日本企業のAI研究所へ就職予定です」
さらに別。
「兄はJAXAとの共同研究プロジェクトに参加しています」
候補者は少し困った。
アメリカ人にとって日本は、
競争相手であり、雇用主であり、顧客であり、投資先であり、同盟国でもあった。
単純な敵にはできない。
北京。
習静峰はアメリカ中間選挙のニュースを見ていた。
「日本が争点?」
「はい」
側近が答える。
「各候補者が日米関係について発言しています」
静峰が少し笑った。
「中国ではなく?」
「中国も争点ではあります」
「だが日本の方が多い?」
「経済関係では」
静峰は腕を組んだ。
「時代が変わったな」
「アメリカが日本を警戒しているということでしょうか」
「違う」
静峰は画面を見る。
共和党候補も。
民主党候補も。
日本との関係を壊すとは言わない。
「怖いから離れたい相手と、重要だから離れられない相手は違う」
側近が頷いた。
「日本は後者だ」
モスクワ。
ヴォルコフはもっと簡単だった。
「アメリカで日本が選挙争点になっています」
「そうか」
「どう見ますか?」
「正常だ」
「正常?」
「世界最大の経済国との関係が選挙争点にならない方がおかしい」
「グレイヴス大統領は、日本との関係が自分の成果だと」
ヴォルコフが新聞を閉じる。
「それも正常だ」
「……そうでしょうか」
「政治家は成果を自分のものにする」
少し間を置く。
「失敗は前任者のものにする」
側近が黙った。
妙に説得力があった。
選挙前夜。
グレイヴスは大規模集会に登壇した。
「Americaは再び強くなっている!」
歓声。
「我々は世界最高の経済を作る!」
歓声。
「そしてJapanとの関係は――」
さらに歓声が大きくなる。
グレイヴスが拳を掲げる。
「史上最高だ!」
聴衆が沸く。
「安西首相は私の友人だ!」
歓声。
「誰よりも親しい!」
さらに歓声。
「英国首相よりも!」
一瞬だけ拍手が弱くなった。
側近が舞台袖で顔を覆った。
なぜそこを入れる。
グレイヴスは気にしない。
「日本はAmericaを必要としている!」
会場が沸く。
側近が小さく呟いた。
「逆もかなりですが」
誰にも聞こえなかった。
投票日。
結果。
上院。
与党、辛うじて多数維持。
下院。
野党が僅差で奪還。
完全勝利でも、大敗でもない。
典型的な中間選挙だった。
グレイヴスは結果を見ながら言った。
「勝った」
側近が答える。
「下院は負けています」
「上院は勝った」
「はい」
「つまり勝った」
「……はい」
いつもの理論だった。
翌日。
各国政府が祝意を発表する。
日本政府も声明を出した。
「米国民の民主的選択に敬意を表し、今後とも日米関係のさらなる発展を期待する」
それだけだった。
ホワイトハウス。
グレイヴスが声明を読む。
「シンから電話は?」
「まだありません」
「なぜだ?」
「中間選挙ですから」
「電話くらいするだろ!」
「日本時間は深夜です」
グレイヴスが時計を見る。
少し考えた。
「……朝まで待つ」
側近が驚いた。
珍しく常識的だった。
そして八時間後。
日本から電話が来た。
グレイヴスは一回目の呼び出し音で取った。
「シン!」
『ドナルド、お疲れさまでした』
「勝ったぞ!」
『下院は?』
「そこはいい!」
安西が笑う。
『これから議会運営が大変ですね』
「問題ない!」
『そうですか』
「それよりシン」
『はい』
「選挙中、Americaで日本が大きな争点になっていた」
『ニュースで見ました』
「つまりJapanはAmericaにとって重要だ」
『ありがたいことですね』
グレイヴスが満足そうに頷く。
「AmericaもJapanにとって重要だろ?」
安西が少し黙った。
『もちろんですよ』
グレイヴスの顔が明るくなる。
「最重要?」
安西は受話器を少し離した。
また始まった。
「ドナルド」
『なんだ?』
「選挙終わったんだから、少し休んだら?」
グレイヴスは数秒考えた。
「ゴルフするか?」
安西は笑った。
『今度ね』
アメリカ中間選挙。
物価。
移民。
医療。
住宅。
治安。
そして日本。
世界最強国家との付き合い方が、いつの間にかアメリカ国内政治の一部になっていた。
それでも選挙を決めるのは日本ではない。
安西でもない。
円でもない。
日本企業でもない。
アメリカ国民だった。
世界の力関係がどれだけ変わっても――。
そこだけは、変わらなかった。