iPhone Duoもどきを日本が発表したら
「iPhone Duoもどきを日本が発表したら」
世界中の人間が、午前十時の東京を見ていた。
東京。
巨大なイベントホール。
照明が落ちる。
正面のスクリーンに、一つの文字が浮かんだ。
KAGAMI
世界最大のスマートフォンメーカー、蒼天電子のブランドだった。
CEOの水城圭介がステージ中央へ歩いてくる。
「スマートフォンは、長い間、一枚の画面でした」
巨大スクリーンに歴代KAGAMIが並ぶ。
「今日は、それを変えます」
暗転。
一本の細い光。
そこに一台の端末が浮かび上がった。
見た目は普通のスマートフォン。
だが、水城が手に取る。
そして――。
開いた。
会場がどよめく。
二倍近い大画面が現れる。
KAGAMI Duo
世界同時中継の視聴者数が、一億人を突破した。
「閉じればスマートフォン」
水城が片手で操作する。
「開けば、タブレット」
画面を開く。
左側に動画。
右側にメッセージ。
さらに資料を表示。
AIアシスタントが内容をリアルタイムで要約する。
「折り目は?」
記者席から声が飛ぶ。
水城が笑う。
「見てください」
カメラが画面へ寄る。
ほとんど分からない。
「ヒンジ耐久試験、百五十万回」
会場がざわつく。
「防水・防塵」
拍手。
「国産三ナノメートルプロセッサ」
拍手。
「衛星直接通信」
さらに拍手。
「価格は――」
会場が静かになる。
十九万八千円。
一瞬の沈黙。
そして大歓声。
高い。
しかし、この性能の折りたたみ端末としては予想より安かった。
予約開始。
三分後。
初回生産分、完売。
ワシントン。
グレイヴスは発表会をテレビで見ていた。
「……」
側近も黙っている。
グレイヴスが自分のスマートフォンを見る。
日本製だった。
「Americaにも折りたたみスマホはある」
「あります」
「性能は?」
側近が困った顔をした。
「十分高性能です」
「KAGAMIと比べて」
「……」
「言え」
「少し負けています」
「少し?」
「かなり」
グレイヴスがスマートフォンを机へ置いた。
「作れ」
「何を?」
「もっといいやつだ!」
「民間企業へ政府から?」
「支援しろ!」
「必要でしょうか」
「必要だ!」
グレイヴスが画面を指差す。
「Americaはスマホでも一番になる!」
側近が資料を見る。
「ちなみにKAGAMI Duoですが」
「なんだ」
「アメリカでも予約が始まりました」
「買わん!」
「そうですか」
「絶対に買わん!」
北京。
静峰は別の意味で頭を抱えていた。
「予約数は?」
「中国国内だけで五百万台を超えています」
「発売前だぞ」
「はい」
「中国メーカーは?」
「値下げを発表しています」
「それで?」
「予約数は増えていません」
静峰が資料を見る。
中国には強力なスマートフォンメーカーがいくつもある。
折りたたみ端末でも世界有数の技術を持つ。
だが、日本のKAGAMIには一つ厄介なものがあった。
OS。
AI。
半導体。
アプリ。
クラウド。
衛星通信。
すべてが日本企業の巨大な生態系につながっている。
「日本製端末に規制を?」
側近が提案する。
静峰はすぐに首を振った。
「やめろ」
「しかし国内産業が」
「六百万人が予約してから禁止してみろ」
「五百万人です」
「明日には六百万になる」
妙に説得力があった。
「なら中国企業を支援する」
「補助金ですか?」
「研究開発だ」
静峰はKAGAMI Duoの映像を見る。
「日本製品を禁止して勝ったことにするな」
側近が顔を上げる。
「より良いものを作らせろ」
「はい」
「中国には、それができる」
今回は格好よかった。
発売日。
東京。
銀座の蒼天電子ストアには朝から行列ができていた。
佐倉美咲も、その中にいた。
「高かった……」
二十万円近い。
だが箱を開ける。
端末を取り出す。
開く。
「おお……」
隣にいた奈緒も覗き込む。
「でかっ」
「動画見ながらXできる」
「仕事は?」
「しない」
「でしょうね」
世界最高峰の生産性端末。
最初に使われた機能は、
動画を見ながらSNS。
技術者が聞いたら泣くかもしれない。
その夜。
ホワイトハウス。
側近が大統領執務室へ入った。
そこで止まった。
グレイヴスが何かを触っている。
開く。
閉じる。
また開く。
側近は黙って見ていた。
「大統領」
グレイヴスの手が止まる。
「なんだ」
「それ」
「……」
「KAGAMI Duoですよね?」
「違う」
「ロゴがあります」
「これは調査用だ」
「購入されたんですか?」
「Americaの競争力を研究するためだ!」
側近が頷く。
「使い心地は?」
「普通だ」
「そうですか」
「……」
グレイヴスが端末を開く。
「ただ、この二画面は悪くない」
「はい」
「動画見ながらニュース読める」
「仕事にも使えます」
「知ってる!」
かなり気に入っていた。
数日後。
北京。
静峰が会議に出席する。
側近が資料を渡そうとして、手を止めた。
主席の机に見慣れない端末がある。
KAGAMI Duo。
静峰が気づく。
「何だ」
「いえ」
「言え」
「購入されたのですか?」
静峰は端末を見る。
「市場調査だ」
「……」
「何だ、その顔は」
「何でもありません」
静峰が端末を開く。
中国経済の資料が左側。
右側には国内メーカーの開発計画。
「画面が広い方が資料を見やすい」
「はい」
「それだけだ」
「はい」
「日本製だから使っているわけではない」
「聞いていません」
「ならいい」
側近は何も言わなかった。
モスクワ。
ヴォルコフにも記者が質問した。
「大統領、話題の日本製KAGAMI Duoについてどう思いますか?」
「知らん」
「世界的に大ヒットしています」
「そうか」
「購入予定は?」
「ない」
「スマートフォンは何を?」
ヴォルコフがポケットから取り出す。
古いKAGAMI。
三年前のモデルだった。
記者が驚く。
「買い替えないのですか?」
ヴォルコフが画面を見る。
「動く」
「はい」
「電話できる」
「はい」
「メールも届く」
「はい」
「なら、なぜ替える?」
記者は答えられなかった。
ヴォルコフは端末をポケットへ戻す。
「折る必要もない」
ネット上で、
『ヴォルコフ、折りたたみスマホを一言で撃破』
がトレンド入りした。
本人は知らなかった。
一か月後。
KAGAMI Duo。
世界販売、一千八百万台。
三か月後。
四千万台。
世界中のアプリ開発会社が二画面対応を始めた。
動画。
金融。
ゲーム。
仕事。
教育。
医療。
そして日本企業は、画面サイズやアプリ配置に関する仕様を公開した。
海外メーカーも利用できる。
アメリカ企業も。
中国企業も。
韓国企業も。
欧州企業も。
記者が水城CEOへ尋ねた。
「独自規格として囲い込まないのですか?」
「その方が儲かるかもしれません」
「では、なぜ?」
水城はKAGAMI Duoを開いた。
「折りたたみ端末そのものが便利になった方が、市場が大きくなるでしょう」
また日本だった。
一年後。
世界中のスマートフォンメーカーが、同じ基本規格に対応していた。
アメリカ企業も強力な新型端末を発売。
中国メーカーも新しいヒンジ技術を投入。
韓国企業は超薄型モデルを発表した。
競争が激しくなる。
価格が下がる。
性能が上がる。
そしてKAGAMIも、さらに次のモデルを開発する。
ホワイトハウス。
グレイヴスが新しいアメリカ製折りたたみ端末を掲げていた。
「見ろ!」
側近が見る。
「いいですね」
「KAGAMIより薄い!」
「二ミリほど」
「勝った!」
「バッテリーはKAGAMIの方が長いです」
「それは次で勝つ!」
グレイヴスは楽しそうだった。
そこへ秘書官が入ってくる。
「大統領、日本の安西首相から贈り物です」
箱を開ける。
KAGAMI Duo 2
グレイヴスの顔が止まった。
「……もう2?」
「本日発表されたそうです」
「Americaの新型は今日発売だぞ!」
「はい」
グレイヴスが箱を見る。
数秒。
「開けろ」
「調査用ですか?」
「当然だ!」
東京。
安西晋一郎は、新製品について記者から質問されていた。
「総理、日本製スマートフォンが再び世界販売首位となりました」
「すごいですね」
「日本の技術力の象徴でしょうか?」
安西は少し考えた。
「でも来年は分かりませんよ」
「と言いますと?」
「アメリカも中国も韓国も、いいものを作ってますから」
「日本が負ける可能性も?」
「ありますよ」
安西は笑った。
「その方が面白いでしょう」
世界最強国家、日本。
また一つ、世界市場を取った。
しかし、守ろうとはしなかった。
規格を開き。
競争相手を入れ。
さらに次を作る。
その結果――。
世界中のスマートフォンが、少しずつ良くなっていった。
そしてワシントンでは。
グレイヴスがKAGAMI Duo 2を開きながら叫んでいた。
「シン! これは反則だろ!」
もちろん。
安西には聞こえていなかった。
世界中の人間が、午前十時の東京を見ていた。
東京。
巨大なイベントホール。
照明が落ちる。
正面のスクリーンに、一つの文字が浮かんだ。
KAGAMI
世界最大のスマートフォンメーカー、蒼天電子のブランドだった。
CEOの水城圭介がステージ中央へ歩いてくる。
「スマートフォンは、長い間、一枚の画面でした」
巨大スクリーンに歴代KAGAMIが並ぶ。
「今日は、それを変えます」
暗転。
一本の細い光。
そこに一台の端末が浮かび上がった。
見た目は普通のスマートフォン。
だが、水城が手に取る。
そして――。
開いた。
会場がどよめく。
二倍近い大画面が現れる。
KAGAMI Duo
世界同時中継の視聴者数が、一億人を突破した。
「閉じればスマートフォン」
水城が片手で操作する。
「開けば、タブレット」
画面を開く。
左側に動画。
右側にメッセージ。
さらに資料を表示。
AIアシスタントが内容をリアルタイムで要約する。
「折り目は?」
記者席から声が飛ぶ。
水城が笑う。
「見てください」
カメラが画面へ寄る。
ほとんど分からない。
「ヒンジ耐久試験、百五十万回」
会場がざわつく。
「防水・防塵」
拍手。
「国産三ナノメートルプロセッサ」
拍手。
「衛星直接通信」
さらに拍手。
「価格は――」
会場が静かになる。
十九万八千円。
一瞬の沈黙。
そして大歓声。
高い。
しかし、この性能の折りたたみ端末としては予想より安かった。
予約開始。
三分後。
初回生産分、完売。
ワシントン。
グレイヴスは発表会をテレビで見ていた。
「……」
側近も黙っている。
グレイヴスが自分のスマートフォンを見る。
日本製だった。
「Americaにも折りたたみスマホはある」
「あります」
「性能は?」
側近が困った顔をした。
「十分高性能です」
「KAGAMIと比べて」
「……」
「言え」
「少し負けています」
「少し?」
「かなり」
グレイヴスがスマートフォンを机へ置いた。
「作れ」
「何を?」
「もっといいやつだ!」
「民間企業へ政府から?」
「支援しろ!」
「必要でしょうか」
「必要だ!」
グレイヴスが画面を指差す。
「Americaはスマホでも一番になる!」
側近が資料を見る。
「ちなみにKAGAMI Duoですが」
「なんだ」
「アメリカでも予約が始まりました」
「買わん!」
「そうですか」
「絶対に買わん!」
北京。
静峰は別の意味で頭を抱えていた。
「予約数は?」
「中国国内だけで五百万台を超えています」
「発売前だぞ」
「はい」
「中国メーカーは?」
「値下げを発表しています」
「それで?」
「予約数は増えていません」
静峰が資料を見る。
中国には強力なスマートフォンメーカーがいくつもある。
折りたたみ端末でも世界有数の技術を持つ。
だが、日本のKAGAMIには一つ厄介なものがあった。
OS。
AI。
半導体。
アプリ。
クラウド。
衛星通信。
すべてが日本企業の巨大な生態系につながっている。
「日本製端末に規制を?」
側近が提案する。
静峰はすぐに首を振った。
「やめろ」
「しかし国内産業が」
「六百万人が予約してから禁止してみろ」
「五百万人です」
「明日には六百万になる」
妙に説得力があった。
「なら中国企業を支援する」
「補助金ですか?」
「研究開発だ」
静峰はKAGAMI Duoの映像を見る。
「日本製品を禁止して勝ったことにするな」
側近が顔を上げる。
「より良いものを作らせろ」
「はい」
「中国には、それができる」
今回は格好よかった。
発売日。
東京。
銀座の蒼天電子ストアには朝から行列ができていた。
佐倉美咲も、その中にいた。
「高かった……」
二十万円近い。
だが箱を開ける。
端末を取り出す。
開く。
「おお……」
隣にいた奈緒も覗き込む。
「でかっ」
「動画見ながらXできる」
「仕事は?」
「しない」
「でしょうね」
世界最高峰の生産性端末。
最初に使われた機能は、
動画を見ながらSNS。
技術者が聞いたら泣くかもしれない。
その夜。
ホワイトハウス。
側近が大統領執務室へ入った。
そこで止まった。
グレイヴスが何かを触っている。
開く。
閉じる。
また開く。
側近は黙って見ていた。
「大統領」
グレイヴスの手が止まる。
「なんだ」
「それ」
「……」
「KAGAMI Duoですよね?」
「違う」
「ロゴがあります」
「これは調査用だ」
「購入されたんですか?」
「Americaの競争力を研究するためだ!」
側近が頷く。
「使い心地は?」
「普通だ」
「そうですか」
「……」
グレイヴスが端末を開く。
「ただ、この二画面は悪くない」
「はい」
「動画見ながらニュース読める」
「仕事にも使えます」
「知ってる!」
かなり気に入っていた。
数日後。
北京。
静峰が会議に出席する。
側近が資料を渡そうとして、手を止めた。
主席の机に見慣れない端末がある。
KAGAMI Duo。
静峰が気づく。
「何だ」
「いえ」
「言え」
「購入されたのですか?」
静峰は端末を見る。
「市場調査だ」
「……」
「何だ、その顔は」
「何でもありません」
静峰が端末を開く。
中国経済の資料が左側。
右側には国内メーカーの開発計画。
「画面が広い方が資料を見やすい」
「はい」
「それだけだ」
「はい」
「日本製だから使っているわけではない」
「聞いていません」
「ならいい」
側近は何も言わなかった。
モスクワ。
ヴォルコフにも記者が質問した。
「大統領、話題の日本製KAGAMI Duoについてどう思いますか?」
「知らん」
「世界的に大ヒットしています」
「そうか」
「購入予定は?」
「ない」
「スマートフォンは何を?」
ヴォルコフがポケットから取り出す。
古いKAGAMI。
三年前のモデルだった。
記者が驚く。
「買い替えないのですか?」
ヴォルコフが画面を見る。
「動く」
「はい」
「電話できる」
「はい」
「メールも届く」
「はい」
「なら、なぜ替える?」
記者は答えられなかった。
ヴォルコフは端末をポケットへ戻す。
「折る必要もない」
ネット上で、
『ヴォルコフ、折りたたみスマホを一言で撃破』
がトレンド入りした。
本人は知らなかった。
一か月後。
KAGAMI Duo。
世界販売、一千八百万台。
三か月後。
四千万台。
世界中のアプリ開発会社が二画面対応を始めた。
動画。
金融。
ゲーム。
仕事。
教育。
医療。
そして日本企業は、画面サイズやアプリ配置に関する仕様を公開した。
海外メーカーも利用できる。
アメリカ企業も。
中国企業も。
韓国企業も。
欧州企業も。
記者が水城CEOへ尋ねた。
「独自規格として囲い込まないのですか?」
「その方が儲かるかもしれません」
「では、なぜ?」
水城はKAGAMI Duoを開いた。
「折りたたみ端末そのものが便利になった方が、市場が大きくなるでしょう」
また日本だった。
一年後。
世界中のスマートフォンメーカーが、同じ基本規格に対応していた。
アメリカ企業も強力な新型端末を発売。
中国メーカーも新しいヒンジ技術を投入。
韓国企業は超薄型モデルを発表した。
競争が激しくなる。
価格が下がる。
性能が上がる。
そしてKAGAMIも、さらに次のモデルを開発する。
ホワイトハウス。
グレイヴスが新しいアメリカ製折りたたみ端末を掲げていた。
「見ろ!」
側近が見る。
「いいですね」
「KAGAMIより薄い!」
「二ミリほど」
「勝った!」
「バッテリーはKAGAMIの方が長いです」
「それは次で勝つ!」
グレイヴスは楽しそうだった。
そこへ秘書官が入ってくる。
「大統領、日本の安西首相から贈り物です」
箱を開ける。
KAGAMI Duo 2
グレイヴスの顔が止まった。
「……もう2?」
「本日発表されたそうです」
「Americaの新型は今日発売だぞ!」
「はい」
グレイヴスが箱を見る。
数秒。
「開けろ」
「調査用ですか?」
「当然だ!」
東京。
安西晋一郎は、新製品について記者から質問されていた。
「総理、日本製スマートフォンが再び世界販売首位となりました」
「すごいですね」
「日本の技術力の象徴でしょうか?」
安西は少し考えた。
「でも来年は分かりませんよ」
「と言いますと?」
「アメリカも中国も韓国も、いいものを作ってますから」
「日本が負ける可能性も?」
「ありますよ」
安西は笑った。
「その方が面白いでしょう」
世界最強国家、日本。
また一つ、世界市場を取った。
しかし、守ろうとはしなかった。
規格を開き。
競争相手を入れ。
さらに次を作る。
その結果――。
世界中のスマートフォンが、少しずつ良くなっていった。
そしてワシントンでは。
グレイヴスがKAGAMI Duo 2を開きながら叫んでいた。
「シン! これは反則だろ!」
もちろん。
安西には聞こえていなかった。