エピソード2
ブランコ、ジャングルジム、砂場。昼間ならば子供たちの楽園がそこには広がっていた。しかし、月の光がそれらを照らす時間になると、その楽園に訪れている子供達は一人もいなかった。月夜の光と僅かに灯る街灯だけが、真っ暗な想い出の公園を照らしていた。そして、その僅かな光は、ブランコにゆっくりと揺られながら座っているオリビアを照らしていた。
オリビアの姿は白いワンピースに包まれ、トートバッグが肩にかかっていた。その装いは、湊が幼い頃に見ていた姿に思えた。
湊はゆっくりとオリビアの方へ歩を進めていく。オリビアが湊の気配を感じ取ったかのように、彼の方に視線を向けてくる。その彼女の顔には大人の女性らしい化粧が施されており、幼い頃の彼女とはまた違う雰囲気を放っていた。
「相変わらず、遅刻するね」
「おいおい、谷地下台高校にいたんだ。これでも早い方だろ?」
「ずっと、私はここに居たよ。いつまでも来なかったのは貴方だわ」
オリビアが言うと、公園に静寂が広がる。湊はオリビアが肩から下げているトートバッグに視線を向ける。それは慈愛の従者が持っていたものと酷似していた。
「そのトートバッグは…」
湊の言葉に、オリビアはゆっくりとトートバッグの中に手を滑り込ませる。そして、その手にはあの兎のぬいぐるみが持たれていた。
「幼い頃、私の神様がくれたもの。何度も捨てようと思ったけど、やっぱりダメね」
その手に握られている兎のぬいぐるみを見て、湊は心が痛くなってくる。この大切な贈り物を忘れていたこと、自らの身勝手でオリビアや多くの人々に迷惑をかけたことを悔いていた。
「オリビア、すまない。俺のせいで、あんな事に巻き込んでしまった」
「本当、そうよ。でも、大切な事を思い出したよ。想い出の中のあの子のような純粋な気持ちを。私も貴方も少しずつ間違えていたんだわ」
オリビアが微笑しながら言う。湊には全ての人に謝罪が必要かもだろう。慶次も、愚かな男に付き合わせてしまった。リアムも湊が固辞すれば、狂気に走る事はなかっただろう。そして、魂の融合で混乱するすべての人々に謝罪が必要だろう。
「オリビア。俺は世界中の人に償いたいと思っている。みんなの役に立ちたいんだ。俺のこの呪われた力を、今度こそは人々の幸せのために使いたい。だから、君にはそれを見届けて欲しいんだ。俺の側で一生」
湊の言葉にオリビアが返答することはなかったが、彼としては、精一杯に想いを告げたつもりだ。
「相変わらず、子供っぽい考えね。生活はどうするの?」
「うっ、もちろん、仕事は続けるよ」
「それに、私には悠太がいるのよ」
その答えに湊の心が沈むのは当然であったが、なぜかオリビアの瞳にも憂いが浮かんでいた。
「でもね。・・・貴方が素敵なナイトになったなら考えてもいいわね。貴方はいつまでも、私の神様だもの」