地震時の非常食は、賞味期限との戦い
「災害への備えは大切です」
テレビから流れる防災特集を見ながら、佐藤美優は大きく頷いた。
二十七歳。
一人暮らし。
仕事は忙しく、平日は帰宅してから簡単な料理をする程度。
防災用品といえば、スマートフォンの充電器と小さな懐中電灯くらいしか持っていなかった。
「確かに、そろそろちゃんと準備しないと」
その日の美優は、珍しく行動が早かった。
スマートフォンで防災グッズを検索。
必要なものを確認。
水。
非常食。
ライト。
携帯トイレ。
救急用品。
リストを作る。
完璧だった。
少なくとも、買い物へ行く前までは。
休日。
美優は大型スーパーへ向かった。
目的はただ一つ。
「非常食を揃える」
店内の防災コーナーには、思った以上の商品が並んでいた。
五年保存水。
缶入りパン。
レトルト食品。
アルファ米。
長期保存クッキー。
「こんなに種類あるんだ」
美優は感心した。
昔の非常食といえば、乾パンのイメージだった。
しかし今は違う。
カレー。
五目ご飯。
チーズリゾット。
パスタ。
スイーツまである。
「災害時でも食事を楽しむ時代なんだ……」
最初に手に取ったのは、五年保存のカレーだった。
「これは必要」
次に、五目ご飯。
「これも必要」
その隣のチキンライス。
「味の変化も必要」
さらに、わかめご飯。
「栄養も大事」
気づけば、買い物カゴはいっぱいになっていた。
店員が近づいてくる。
「防災準備ですか?」
「はい」
美優は胸を張った。
「地震が来ても安心できるように」
店員は頷いた。
「それは大事ですね」
そして少し間を置いて言った。
「……ちなみに、何人分ですか?」
美優はカゴを見る。
アルファ米。
二十袋。
缶パン。
十五個。
レトルト。
三十個。
保存クッキー。
十箱。
水。
四十八本。
「……一人分です」
店員の笑顔が少し固まった。
「かなり安心ですね」
褒めているのか、驚いているのか分からなかった。
帰宅後。
問題が発生した。
収納場所がない。
クローゼット。
満杯。
キッチン。
満杯。
ベッド下。
水で埋まった。
「防災の前に、部屋が災害になってる」
美優は段ボールを見つめた。
翌日。
会社でその話をすると、同僚の彩香が笑った。
「買いすぎじゃない?」
「でも地震が来たら困るでしょ」
「それはそうだけど」
「五年保存だよ」
「五年後に全部同じ日に期限切れになるよ」
美優は止まった。
考えていなかった。
五年間守った非常食が、五年後に一斉に賞味期限を迎える。
つまり未来の自分へ、巨大な食料イベントを予約している。
「……五年後の私、大丈夫かな」
「防災じゃなくて、賞味期限との戦いになるね」
その日から、美優はローリングストックを始めた。
非常食をただ保管するのではなく、普段の食事にも使う。
保存食のカレーを食べる。
新しいカレーを買う。
缶パンを朝食にする。
新しい缶パンを補充する。
最初は面倒だった。
しかし、意外と楽しかった。
「今日は非常食ランチ」
会社へアルファ米を持っていく。
お湯を注ぐ。
十五分待つ。
蓋を開ける。
ふっくらしたご飯ができる。
同僚たちが集まってくる。
「それ、本当に非常食?」
「普通においしそう」
「私も買おうかな」
気づけば、会社でも防災話が増えた。
誰かが水の期限を確認する。
誰かがライトの電池を交換する。
誰かが家族用の備蓄を始める。
数か月後。
大きな地震が発生した。
幸い、美優の住む地域では大きな被害はなかった。
しかし交通機関が止まり、帰宅できない人が増えた。
会社には、泊まることになった社員がいた。
「食べ物、どうする?」
その時、美優が倉庫から箱を持ってきた。
「あるよ」
中には非常食。
水。
簡易ライト。
「準備してたの?」
彩香が驚く。
「うん」
「前に買いすぎて部屋を埋めてたやつ?」
「それは言わないで」
社員たちは温かいご飯を食べた。
レトルトカレー。
アルファ米。
保存クッキー。
非常時なのに、少しだけ安心できる味だった。
「なんか、普通の夕飯みたい」
誰かが言った。
美優は笑った。
防災用品は、不安を消してくれる魔法ではない。
地震を止めることもできない。
でも。
もしもの時に、
「大丈夫」
と思える小さな支えにはなる。
翌週。
美優はスーパーの防災コーナーへ立っていた。
新しい非常食を買うためだ。
しかし、今回は違う。
必要な量だけ。
期限を確認。
家族分も考える。
すると、隣で若い女性が大量の缶パンをカゴへ入れていた。
昔の自分を見るようだった。
「防災準備ですか?」
思わず声をかける。
女性は嬉しそうに頷いた。
「はい! 地震が来ても安心できるように!」
美優は少し笑った。
「最初は楽しいですよ」
「え?」
「でも、買いすぎると五年後の自分が泣きます」
女性は首を傾げた。
美優はカゴを見る。
缶パン。
三十個。
「……まずは半分にしましょうか」
防災とは、恐怖に備えることではない。
未来の自分や、大切な人を少し安心させる準備だ。
ただし。
その未来の自分が、賞味期限切れの非常食三十個と戦わないようにすることも大切だった。
テレビから流れる防災特集を見ながら、佐藤美優は大きく頷いた。
二十七歳。
一人暮らし。
仕事は忙しく、平日は帰宅してから簡単な料理をする程度。
防災用品といえば、スマートフォンの充電器と小さな懐中電灯くらいしか持っていなかった。
「確かに、そろそろちゃんと準備しないと」
その日の美優は、珍しく行動が早かった。
スマートフォンで防災グッズを検索。
必要なものを確認。
水。
非常食。
ライト。
携帯トイレ。
救急用品。
リストを作る。
完璧だった。
少なくとも、買い物へ行く前までは。
休日。
美優は大型スーパーへ向かった。
目的はただ一つ。
「非常食を揃える」
店内の防災コーナーには、思った以上の商品が並んでいた。
五年保存水。
缶入りパン。
レトルト食品。
アルファ米。
長期保存クッキー。
「こんなに種類あるんだ」
美優は感心した。
昔の非常食といえば、乾パンのイメージだった。
しかし今は違う。
カレー。
五目ご飯。
チーズリゾット。
パスタ。
スイーツまである。
「災害時でも食事を楽しむ時代なんだ……」
最初に手に取ったのは、五年保存のカレーだった。
「これは必要」
次に、五目ご飯。
「これも必要」
その隣のチキンライス。
「味の変化も必要」
さらに、わかめご飯。
「栄養も大事」
気づけば、買い物カゴはいっぱいになっていた。
店員が近づいてくる。
「防災準備ですか?」
「はい」
美優は胸を張った。
「地震が来ても安心できるように」
店員は頷いた。
「それは大事ですね」
そして少し間を置いて言った。
「……ちなみに、何人分ですか?」
美優はカゴを見る。
アルファ米。
二十袋。
缶パン。
十五個。
レトルト。
三十個。
保存クッキー。
十箱。
水。
四十八本。
「……一人分です」
店員の笑顔が少し固まった。
「かなり安心ですね」
褒めているのか、驚いているのか分からなかった。
帰宅後。
問題が発生した。
収納場所がない。
クローゼット。
満杯。
キッチン。
満杯。
ベッド下。
水で埋まった。
「防災の前に、部屋が災害になってる」
美優は段ボールを見つめた。
翌日。
会社でその話をすると、同僚の彩香が笑った。
「買いすぎじゃない?」
「でも地震が来たら困るでしょ」
「それはそうだけど」
「五年保存だよ」
「五年後に全部同じ日に期限切れになるよ」
美優は止まった。
考えていなかった。
五年間守った非常食が、五年後に一斉に賞味期限を迎える。
つまり未来の自分へ、巨大な食料イベントを予約している。
「……五年後の私、大丈夫かな」
「防災じゃなくて、賞味期限との戦いになるね」
その日から、美優はローリングストックを始めた。
非常食をただ保管するのではなく、普段の食事にも使う。
保存食のカレーを食べる。
新しいカレーを買う。
缶パンを朝食にする。
新しい缶パンを補充する。
最初は面倒だった。
しかし、意外と楽しかった。
「今日は非常食ランチ」
会社へアルファ米を持っていく。
お湯を注ぐ。
十五分待つ。
蓋を開ける。
ふっくらしたご飯ができる。
同僚たちが集まってくる。
「それ、本当に非常食?」
「普通においしそう」
「私も買おうかな」
気づけば、会社でも防災話が増えた。
誰かが水の期限を確認する。
誰かがライトの電池を交換する。
誰かが家族用の備蓄を始める。
数か月後。
大きな地震が発生した。
幸い、美優の住む地域では大きな被害はなかった。
しかし交通機関が止まり、帰宅できない人が増えた。
会社には、泊まることになった社員がいた。
「食べ物、どうする?」
その時、美優が倉庫から箱を持ってきた。
「あるよ」
中には非常食。
水。
簡易ライト。
「準備してたの?」
彩香が驚く。
「うん」
「前に買いすぎて部屋を埋めてたやつ?」
「それは言わないで」
社員たちは温かいご飯を食べた。
レトルトカレー。
アルファ米。
保存クッキー。
非常時なのに、少しだけ安心できる味だった。
「なんか、普通の夕飯みたい」
誰かが言った。
美優は笑った。
防災用品は、不安を消してくれる魔法ではない。
地震を止めることもできない。
でも。
もしもの時に、
「大丈夫」
と思える小さな支えにはなる。
翌週。
美優はスーパーの防災コーナーへ立っていた。
新しい非常食を買うためだ。
しかし、今回は違う。
必要な量だけ。
期限を確認。
家族分も考える。
すると、隣で若い女性が大量の缶パンをカゴへ入れていた。
昔の自分を見るようだった。
「防災準備ですか?」
思わず声をかける。
女性は嬉しそうに頷いた。
「はい! 地震が来ても安心できるように!」
美優は少し笑った。
「最初は楽しいですよ」
「え?」
「でも、買いすぎると五年後の自分が泣きます」
女性は首を傾げた。
美優はカゴを見る。
缶パン。
三十個。
「……まずは半分にしましょうか」
防災とは、恐怖に備えることではない。
未来の自分や、大切な人を少し安心させる準備だ。
ただし。
その未来の自分が、賞味期限切れの非常食三十個と戦わないようにすることも大切だった。