早めのお盆
今年のお盆は少し早かった。
ニュースでそう言っていた。
「ご先祖様も、早めに帰省ですね」
アナウンサーが笑う。
私はテレビを消した。
帰ってくる。
そんなこと、本当にあるのだろうか。
仏壇には、母の写真がある。
五年前。
病気だった。
最期まで笑っていた人だった。
「泣かないの」
それが最後の言葉だった。
なのに私は、毎年お盆になると泣いてしまう。
今年も花を供える。
線香に火をつける。
手を合わせる。
「今年も暑いよ」
返事はない。
当たり前だ。
その夜だった。
台所から音がした。
カタン。
振り向く。
誰もいない。
「猫かな」
窓は閉まっている。
不思議に思いながら台所へ行く。
湯のみが一つ。
少しだけ動いていた。
気のせいだ。
そう思って寝た。
翌朝。
庭を見る。
枯れかけていた朝顔が、一輪だけ咲いていた。
母が一番好きだった花。
「偶然だよな」
誰に言うでもなく呟く。
その日、不思議なことが続いた。
探していた鍵が見つかった。
切れたと思っていた電球がなぜか点いた。
昔のアルバムが、本棚から落ちてきた。
開く。
そこには若い母。
笑っている。
隣では、小さな私がスイカを抱えていた。
「あんた、そんな持ち方したら落とすよ」
写真なのに、声が聞こえた気がした。
思わず笑う。
「落としたんだよね」
独り言だった。
その夜。
夢を見た。
縁側。
風鈴。
蚊取り線香。
母がスイカを切っている。
「あんた、大人になったね」
「……うん」
「ちゃんと食べてる?」
「まあ、それなり」
「嘘」
笑われた。
昔と同じ笑い方だった。
「仕事ばっかりして」
「ちゃんと寝なさい」
「分かってる」
「分かってない顔だね」
何も言い返せなかった。
母は小さく笑う。
「心配して来たんじゃないの」
「え?」
「あんたの顔を見に来ただけ」
風が吹く。
風鈴が鳴る。
チリン。
その音で目が覚めた。
朝だった。
風なんて吹いていない。
それなのに、風鈴だけが静かに揺れていた。
お盆の終わり。
送り火を焚く。
炎は小さい。
でも、不思議と温かい。
「また来年ね」
そう言うと、少しだけ風が吹いた。
灰が空へ舞う。
その中に、一瞬だけ母が笑ったような気がした。
もちろん、気のせいだ。
そういうことにしておく。
その方が、また来年も会える気がするから。
家へ戻る。
食卓には、いつもの一人分の夕飯。
いただきます、と手を合わせる。
その瞬間。
どこからか、聞き慣れた声がした気がした。
「ちゃんと野菜も食べなさい」
思わず吹き出す。
「分かってるよ」
返事をすると、部屋はまた静かになった。
でも、不思議と寂しくなかった。
人は亡くなる。
それでも、誰かを大切に思った記憶までは消えない。
だから、お盆は帰ってくる日じゃないのかもしれない。
忘れない人のところへ、思い出が会いに来る日なのかもしれない。
そして来年も、私はきっと線香をあげながら笑う。
「おかえり」
その一言だけは、ずっと変わらない。
ニュースでそう言っていた。
「ご先祖様も、早めに帰省ですね」
アナウンサーが笑う。
私はテレビを消した。
帰ってくる。
そんなこと、本当にあるのだろうか。
仏壇には、母の写真がある。
五年前。
病気だった。
最期まで笑っていた人だった。
「泣かないの」
それが最後の言葉だった。
なのに私は、毎年お盆になると泣いてしまう。
今年も花を供える。
線香に火をつける。
手を合わせる。
「今年も暑いよ」
返事はない。
当たり前だ。
その夜だった。
台所から音がした。
カタン。
振り向く。
誰もいない。
「猫かな」
窓は閉まっている。
不思議に思いながら台所へ行く。
湯のみが一つ。
少しだけ動いていた。
気のせいだ。
そう思って寝た。
翌朝。
庭を見る。
枯れかけていた朝顔が、一輪だけ咲いていた。
母が一番好きだった花。
「偶然だよな」
誰に言うでもなく呟く。
その日、不思議なことが続いた。
探していた鍵が見つかった。
切れたと思っていた電球がなぜか点いた。
昔のアルバムが、本棚から落ちてきた。
開く。
そこには若い母。
笑っている。
隣では、小さな私がスイカを抱えていた。
「あんた、そんな持ち方したら落とすよ」
写真なのに、声が聞こえた気がした。
思わず笑う。
「落としたんだよね」
独り言だった。
その夜。
夢を見た。
縁側。
風鈴。
蚊取り線香。
母がスイカを切っている。
「あんた、大人になったね」
「……うん」
「ちゃんと食べてる?」
「まあ、それなり」
「嘘」
笑われた。
昔と同じ笑い方だった。
「仕事ばっかりして」
「ちゃんと寝なさい」
「分かってる」
「分かってない顔だね」
何も言い返せなかった。
母は小さく笑う。
「心配して来たんじゃないの」
「え?」
「あんたの顔を見に来ただけ」
風が吹く。
風鈴が鳴る。
チリン。
その音で目が覚めた。
朝だった。
風なんて吹いていない。
それなのに、風鈴だけが静かに揺れていた。
お盆の終わり。
送り火を焚く。
炎は小さい。
でも、不思議と温かい。
「また来年ね」
そう言うと、少しだけ風が吹いた。
灰が空へ舞う。
その中に、一瞬だけ母が笑ったような気がした。
もちろん、気のせいだ。
そういうことにしておく。
その方が、また来年も会える気がするから。
家へ戻る。
食卓には、いつもの一人分の夕飯。
いただきます、と手を合わせる。
その瞬間。
どこからか、聞き慣れた声がした気がした。
「ちゃんと野菜も食べなさい」
思わず吹き出す。
「分かってるよ」
返事をすると、部屋はまた静かになった。
でも、不思議と寂しくなかった。
人は亡くなる。
それでも、誰かを大切に思った記憶までは消えない。
だから、お盆は帰ってくる日じゃないのかもしれない。
忘れない人のところへ、思い出が会いに来る日なのかもしれない。
そして来年も、私はきっと線香をあげながら笑う。
「おかえり」
その一言だけは、ずっと変わらない。