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夏の暑さで

 夏は嫌いだ。

 アスファルトは陽炎を揺らし、信号待ちの数十秒ですら体力を奪っていく。駅へ向かうだけでシャツは背中に張りつき、コンビニで買った冷たいお茶も、気づけばぬるくなっていた。

 子どもの頃は違った。

 夏休みは終わらないと思っていたし、夕立の匂いは冒険の始まりだった。虫取り網を振り回し、汗だくで走り回り、家へ帰ればスイカが待っていた。

 いつからだろう。

 夏が楽しみではなく、乗り越える季節になったのは。

 そんなことを考えながら歩いていると、小さな公園で一人の少女が空を見上げていた。

「暑いね」

 思わず声が漏れる。

 少女は笑って頷き、言った。

「でも、夏って、空が一番高く見えるよ」

 その言葉につられて見上げると、入道雲がゆっくりと流れていた。

 青はどこまでも深く、白い雲は絵本みたいに大きい。

 そういえば最近、空なんて見ていなかった。

 暑さばかりを見て、蝉の声を騒音だと思い、日陰だけを探して歩いていた。

 季節は何も変わっていない。

 変わったのは、季節を見る自分のほうだった。

 少女は噴水へ駆け寄り、水しぶきを浴びながら笑っている。その笑い声は蝉の大合唱にも負けないくらいまっすぐで、夏そのものが笑っているようだった。

 私は少しだけ笑い、コンビニの袋からもう一本のお茶を取り出した。本当は夜まで飲むつもりだった一本だ。

「飲む?」

 少女は目を丸くし、小さくありがとうと言って受け取る。

 ペットボトルについた水滴が、強い日差しを受けてきらりと光った。

 その瞬間、不思議と風が吹いた。

 ほんの数秒だけの、頼りない風。

 それでも十分だった。

 木々が揺れ、風鈴が遠くで鳴り、蝉の声が少しだけ優しく聞こえる。

 夏は相変わらず暑い。

 きっと明日も汗だくになるし、電車のホームでは「早く涼しくなれ」と願うだろう。

 それでも、この季節は暑さだけじゃない。

 空の高さも、夕立の匂いも、冷えた麦茶も、誰かに分けてもらった日陰も、全部まとめて夏なのだ。

 だから今年も、文句を言いながら歩いていこうと思う。

 この暑ささえ、いつか「あの夏は暑かったね」と笑って思い出せる日が、きっと来るのだから。

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