日本語

核戦争で

 誤報

「核ミサイル発射」

 その文字がスマートフォンへ表示された瞬間、日本中の時間が止まった。

 電車の中。

 会社の会議室。

 学校。

 スーパー。

 誰もが画面を見つめ、息をのむ。

 SNSは一分で数百万件を超えた。

「本当なのか」

「どこに落ちる?」

「もう終わりだ」

 テレビも緊急放送へ切り替わる。

 街から笑い声が消えた。

 ある青年は、急いで恋人へ電話をかけた。

「好きだった!」

「いや、今それ?」

「今しかないだろ!」

「もっと早く言え!」

「ごめん!」

「ばか!」

 二人とも泣きながら笑っていた。

 一方、会社では部長が立ち上がる。

「みんな!」

 社員が顔を上げる。

「今日はもう残業なし!」

「……」

「最後くらい帰れ!」

 拍手が起こった。

「部長、それ十年前から言ってください!」

「悪かった!」

 避難所では、隣同士になった知らない人が水を分け合う。

 スーパーでは最後のパンを譲り合う。

「お子さんいるでしょ?」

「でもあなたは?」

「私はおにぎりがあるから」

「じゃあ半分こしましょう」

 SNSには怒りよりも、「ありがとう」が増えていく。

 世界中が静かに優しくなっていった。

 十分後。

 新しい速報が流れる。

『誤探知の可能性』

 街がざわつく。

 十五分後。

『発射は確認されませんでした』

 二十分後。

『システム障害による誤報でした』

 数秒の静寂。

 そして。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 世界中で同じ声が響いた。

 恋人同士は気まずそうに見つめ合う。

「……さっきの好きって」

「……聞かなかったことに」

「無理」

 会社では部長が頭を抱えていた。

「残業……」

 社員全員が一斉に首を横へ振る。

「いや、部長」

「もう帰ります」

「今日は世界が一回終わったんです」

「定時で十分です」

 誰も反論できなかった。

 翌日。

 ニュースでは専門家が誤報の原因を難しく説明していた。

 世界中の政府が再発防止を約束した。

 SNSでは相変わらず議論が続いている。

 けれど、一つだけ変わったことがあった。

 恋人へ「好き」と伝える人が増えた。

 家族へ電話をかける人が増えた。

「ありがとう」と言う人が増えた。

 そして、残業を断る会社員が少しだけ増えた。

「昨日、世界が終わると思ったので帰ります」

 そんな前代未聞の理由に、上司は苦笑いしながら言った。

「……それは、仕方ないな」

 誰も死ななかった。

 何も壊れなかった。

 それでもあの日、人類は少しだけ気づいた。

 世界が終わるのを恐れるより、

 今日という一日を、大切にしたほうがいいということを。

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