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一億円の使い道

「一億円、落ちてるぞ」

 そんなバカみたいな一言から始まった。

「……は?」

 公園のベンチの横。

 黒いボストンバッグ。

 恐る恐る開ける。

 札束。

 札束。

 また札束。

「これ……一億円じゃね?」

 数えてない。

 でも映画で見たことがある。

 これは一億円だ。

 俺は震えた。

 ついに来た。

 人生逆転イベントだ。

 まずは会社を辞める。

 社長室へ乗り込む。

「今日で辞めます」

「理由は?」

「金です」

 言ってみたい。

 いや、言う。

 次は高級車。

 フェラーリ。

 ランボルギーニ。

 いや、二台買う。

 毎日交互に乗る。

 家も建てよう。

 プール付き。

 地下に映画館。

 ゲーム部屋。

 猫専用ルーム。

 猫はいないけど。

 そして毎日、寿司。

 朝寿司。

 昼寿司。

 夜寿司。

 寿司三昧。

「もうサーモン見たくない」

 そんな贅沢なセリフを言ってみたい。

 夢は広がる。

 旅行もいい。

 世界一周。

 エジプト。

 ハワイ。

 スイス。

 北海道。

……北海道は世界じゃなかった。

 いやでも行く。

 そんなことを考えていたら、スマホが鳴った。

『財布、落とした』

 母からだった。

「財布?」

 返信する。

『一億円くらい入ってた?』

『そんなわけないでしょ』

 危ない。

 危うく自首するとこだった。

 俺は再びバッグを見る。

 よし。

 一応、交番へ……

「いや待て」

 落とし主がお金持ちだったら?

 一億円なくなっても平気では?

 俺のほうが困ってる。

 つまりこれは……

 社会全体で見れば……

 富の再分配?

「違う違う違う」

 危険な思想が生まれ始めた。

 その時だった。

「すみません!」

 スーツ姿のおじさんが走ってきた。

「黒いバッグ見ませんでしたか!」

 来た。

 落とし主だ。

 俺はバッグを見る。

 おじさんを見る。

 バッグを見る。

 フェラーリを見る。

……フェラーリは幻覚だった。

「これですか?」

 差し出す。

 おじさんはバッグを抱きしめた。

「ああ、本当にありがとうございます!」

 涙まで流している。

「会社の資金なんです!」

「社員の給料なんです!」

 フェラーリが消えた。

 寿司も消えた。

 猫専用ルームも消えた。

 代わりに社員五十人くらいが頭に浮かんだ。

「よかったです」

 俺は少し笑った。

 おじさんは深く頭を下げる。

「ぜひお礼を!」

 来た。

 一億円の一割。

 いや五百万でも。

 百万円でも十分だ。

「お気持ちだけで」

……何言ってんだ俺。

「いや、やっぱり少しだけ」

 勇気を振り絞ろうとした瞬間。

 おじさんは紙袋を渡してきた。

「うちの会社の高級ティッシュです!」

「……ティッシュ?」

「三箱セットです!」

「……」

 帰宅。

 机の上にティッシュを置く。

 鼻をかむ。

 柔らかい。

 確かに柔らかい。

 人生で一番柔らかい。

 俺は天井を見上げた。

「一億円って、柔らかいんだな」

 翌日。

 会社でその話をした。

 同僚は腹を抱えて笑った。

「バカだな、お前!」

「だよな」

「でも、お前らしい」

 その言葉で、少し救われた。

 数日後。

 ニュースで見覚えのある会社が映った。

『社員への臨時ボーナスを支給』

 社長が笑っていた。

「あの日、親切な方に救われました」

 社員も笑っていた。

 俺はテレビを消した。

 ティッシュを一枚取り出す。

 やっぱり柔らかい。

「……まあ、いっか」

 俺の野望は叶わなかった。

 フェラーリもない。

 プール付きの家もない。

 寿司も回転している。

 でも、不思議と後悔はなかった。

 唯一の後悔があるとすれば……

 ティッシュを使うたびに、一億円を思い出すことくらいだった。

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