佐々木小次郎
ラズの周りには石の壁が囲んでいた。田中が言うには床には畳というものが敷かれており、それは和室という物らしい。
その家は、ダリア星ともまた違う形で、古風なものであった。そのため、ラズにとっては不便だと感じることが多かった。またもや、ソマリナにあるような家電というものが一切存在していないのだ。
そんな家屋に興味を持ったのか、グレンは外観を観察している様であった。
「不用心な男だ。何処の誰だか知らない人間を残してどっかに行くとはね」
畳の上で寝転がっている田中が言う。今この部屋にいるのは、ラズと田中だけであった。クレアは別室で休息をとっている事だろう。
「前の星といい、何だか地球の歴史を模しているような星ばかりだな。何でだろうかね」
田中が呟くが、それはラズも不思議であった。彼が言うことが事実であれば、地球との類似点が多すぎる。
「地球かぁ。俺も行ってみたいな」
ソマリナの家族には心配をかけてしまうが、地球に向かいたいという思いがあった。それは、グレンや田中を帰したいという思いが大きかったが、自らも地球に興味があるのだ。
「・・・さっきの事を責めないんだね」
突然、田中が起き上がり、ラズに頭を下げる。それは、まるで土下座の様な格好であった。
「改めて、すまなかった。どうも、何か別の人格に支配されるような感覚になる時があるんだ」
田中が頭を掻きながら言うが、別の人格とはなんであろうか。よく言う、多重人格に近い者だと言うのだろうか。
「別の人格?」
「何か今の人格が薄れてきて、他の人格に徐々に上書きされている様な、そんな感覚なんだ。多重人格とはまた違うから、何を言っているか分からないと思うが」
それは、確かにラズにはよく分からない感覚であった。ただ、そんな事が起きているのであれば、田中にとっては不安以外の何物でも無いだろう。自分が別人格に変化するなんて想像もできない。ただ、田中の悩みは別としても、ラズにとっては田中は恩人以外の何者でも無い。暴力は良く無いが、彼を責める気にはなれなかった。
「田中さんのおかげで、俺らはあの村から生き残れたんだよ。ありがとう。ただ、もう暴力はやめてね」
「ああ、もうしないと約束するよ」
これ以上、この話題を続けるのは、彼を責めているように思えたため、ラズは話題を変える事を考える。
「でも、田中さんは強いよね。地球の人たちはあんなに強いの?」
ラズが言うと、田中が少し答え辛そうな表情をする。
「いや、答え辛いなら・・・」
「いや、いいんだ。そろそろ離さないとならないと思っていたし。少なくとも地球の人間ってのは、どんな動物よりも弱っちいもんだ。ただ、サイボーグは別さ」
「サイボーグ?」
「俺は機械の身体なんだよ。・・・気味悪がられると思って話せなかったんだ」
まるで、SFの世界の様な話であった。ただ、その回答で、彼の異常な身体能力の高さも食事を取らないのも理解できた気がした。
「気味が悪い? 田中さんは、俺らと何も変わらないよ」
それはラズの本心からだった。今まで田中と接してきたが、彼が自分たちとは別の存在だとは思えなかった。ただ、何故、サイボーグになったのであろうか。身体能力を強化したかったからだろうか。
「そうかい? ただ、俺は好きでサイボーグになった訳じゃ無いんだ。そうじゃ無いなら、何よりも優れた人間を捨ててまで機械の身体にならないさ」
田中の言葉に、ラズは違和感を持った。彼はどちらかと言うと人間に対して、不快感を持っていた様に思えたからだ。正直に言うと、人嫌いというのが田中の印象だ。
「でも、地球ではウィルスが広まってしまったんだよ。だから、人の身体を捨てざるをえなかったんだ」
人間の身体をウィルス捨てざるをえないほどのウィルスとは、どういった物だろうか。想像するだけで背筋が凍る思いがした。
「これ俺の研究のせいだな。毎度、全く不細工な話だよ。彼女はあんなに反対していたのに」
田中はどこか懐かしんでいるような表情をしていた。
「田中さんは何かを発明したの?」
「あれ? いや、私はしていない。開発を支援していた」
どうにも話の内容がちぐはぐな気がした。研究者と言っておきながら、支援していたと言い換えた。主語すらも相違してしまっている。記憶が混乱しているのかもしれない。
しかし、本当に田中が言う様に冷凍睡眠の故障が原因なのだろうかと、ラズは思い始めていた。別の人格に上書きされる不具合なんて想像もつかない。
そんな事を考えていると、家の外で音が聞こえてくる。
「武蔵が帰ってきたのかな?」
ラズと田中は顔を見合わせた後に、玄関に向かうために部屋を出る。
廊下に出ると、外から聞こえてくる声が一人の物ではないことに気付く。
「武蔵の声も聞こえるが、他に数人いるな。お友達かね」
田中が小声で言う。ラズは不穏な空気を感じ取り、近くにあるクレアの部屋に向かう。
「クレア。ちょっと、ここで待っていて」
ラズがクレアの部屋の近くで、小さめな声で言うと、クレアから了承の返答が返ってくる。彼らは玄関に向けて、再び歩み始める。
ラズと田中が玄関の前まで来て、引き戸の扉を開けると、外の風景が広がった。
そこには、武蔵の他にも五人の侍が居た。そして、一人の侍はグレンを握りしめていた。
その侍はこの星の人間としては、変わった格好をしていた。長い髪をしており、他の者の様に髷を結っていない。そう、ラズ達に似た格好なのだ。
男の長い黒髪が端正な顔立ちに合っていた。服装も白いシャツのような物を着込んでおり、黒いズボンを履いていた。そして、顔色が悪いようにも見えた。
「ふむ。お前達が地球から来たとかいう者か。そして、これが魔物という物だな」
「物ではない!」
一風変わった男の言葉にグレンが反論する。
「あんた。まさか、俺らのことを周りに話したのか?」
田中の言葉に侍達の集団に囲まれている、武蔵はバツの悪そうな顔をする。
「いや、すまぬ・・・。買い物帰りに彼と会った時に、世間話している時にな・・・」
そう言えば、武蔵は嘘をつけない性格だった。
「とんだ、間抜けも居たもんだ。まあ、とりあえず、そのからくり人形さんは俺らに必要なものでね。お返し願いましょうか?」
「ならぬな」
田中に対して、一風変わった男が威圧的に言う。
「意外かもしれないが、俺らにも大切でね。渡すわけには行かないよ」
田中は両の腕を上げ、身構えながる。それを見た瞬間、一風変わった男が凄まじい速さで腰の刀を抜く。
「止めよ! 小次郎は鐘捲流の師範代でござるよ!」
武蔵が大声を上げる。小次郎と呼ばれた男の剣を抜く様は達人と呼ぶに相応しい様に思えた。
「分かるよ。恐らくは、素手で向かえば、俺は真っ二つかもね。しかも、佐々木小次郎が相手となると・・・」
田中の額から冷や汗が流れ始めていた。佐々木小次郎なる人物を知っていると言う事だろうか。
「控えよ。お前の無礼は不問にしよう。ただ、このまま、お前が引けばな。このまま続けるのであれば、斬り捨てる」
小次郎が静かにも威圧的に言うと、田中は拳を開き、両腕を真上に上げる。
「争っても勝てないな。非合理的だ」
それを聞いた小次郎が剣を鞘に収める。
「ふむ。それでは、この魔物殿は貰い受けていく」
小次郎の発する魔物殿という言葉にラズは疑問を覚える。魔物という言葉はあるのかもしれないが、殿を付けるのは何故だろうか。
「待ってくれ。あいつらにかけた防護の魔法の効果は今日を入れずに、三日しか持たぬのだ。この星の気温では、こやつらは私の魔法が無いと生きては行けん」
グレンが抵抗しながら叫ぶ。
「ふむ。聞いたか武蔵。三日が期限みたいだぞ」
「何故こんなことをするでござるか? お主はこんな手荒なことをする男ではなかろう」
「お前にはこの魔物殿の価値が分からぬのだ。とりあえず、三日の間に準備をして、地球教の屋敷に来るのだ。これは、この魔物殿を借り受ける駄賃だ」
小次郎はそう言うと、袋を武蔵に投げつけてくと、小次郎一行はラズ達に背を向けて、彼らの元から去っていく。
小次郎達の姿が見えなくなり、少しすると、田中は武蔵に近づき、その胸倉を掴む。
「どういう事だよ」
「いや、小次郎に会ってな。ついつい、世間話の中で、面白い者たちと、奇っ怪な人形がいると話してしまったのでござる。そしたら、地球って言葉に反応してしまったようでな」
「おいおい、口が軽いってレベルじゃないね。あんたのせいで、俺らはこの星に永住しかねないんだよ。そして、彼らに関しては、命を失いかねない」
「さっきの三日間がどうとかの話でござるか?」
武蔵が怪訝な顔をする。
「とりあえず、取り返すぞ。あんたにも付き合ってもらうぞ」
「えー、取り返しに行くつもりでござるか? 危険でござるよ。勝てない。勝てない」
武蔵が顔を青くして言う。
「よく聞けよ。さっき、グレンって魔物が言っていたけどな、彼らは、あの魔物がいないと、この星の気温に耐えられないんだよ」
田中の言葉に、武蔵の表情が変わり、真剣な眼差しでラズを見てくる。
「そうなのでござるか?」
「気温が高すぎてね」
ラズの回答に武蔵が驚いた表情をした後に、悩む様な顔をする。
「それは一大事でござるな」
武蔵は簡単に信じてしまう。嘘を付く人間がいない事から、人を疑うことも知らないのかもしれない。
「あい、分かった。拙者の責任だ。お供しよう。この刀は飾りではござらぬ」