青と赤
この地球で初めてみた森林が多く茂っている場所があった。ここは、颯真が自らの代償とともに魔法をかけ、隠した聖域でもあった。鳥達もいる様で、彼らは空に向かって飛んでいた。
そんな森林の一本道をラズと神楽が歩いていた。彼の腕にはクレアが抱えられており、その横にはグレンが宙に浮いていた。
ここが、以前、グレンが話した颯真達が最後に暮らした場所なのだろう。自然が多く、ラズとしてもこんな場所で暮らすのも悪くないと思わせてくれる場所であった。
「懐かしいな」
グレンが呟く。
「こんな場所にあったのか。私でも見つけることができませんでした。流石はオリジナルの赤い結晶の魔法だ」
「何で貴様もくるのだ。必要ないだろう」
「結末を見たいので」
神楽の回答にグレンが苛立つ表情をする。
「しかし、この場所を隠すためとはいえ、颯真も馬鹿なことを二度もしたものだ」
「二度?」
神楽の言葉にグレンが疑問を声に出す。彼は颯真と赤い結晶の関係性を知らないのだろう。ただ、ラズはその事をグレンに伝える気はなかった。その事実を話せば、彼は颯真を許さないだろう。しかし、ラズも疑問はあった。颯真の二回目の代償とは何だったのだろう。
しばらく、ラズ達が歩いていると、小屋が視界に入ってくる。一見、木材でできている簡素な小屋であった。しかし、ただの木材でできているものが、長い年月にも劣化しないものだろうか。恐らくはフリーエネルギーに関係する技術が使われているのだろう。
ラズ達はその小屋の近くまで歩を進めたが、その前で歩みを止める。
「ここで、颯真とリーナさんが暮らしていたと言うことですね。鍵は持っているので?」
「鍵は私自身だ」
グレンが小屋の扉に手を当てると、扉がゆっくりと開く。
ラズ達はその開いた入り口に入っていく。
ラズ達が小屋に入ると、すぐに小屋の中が明るくなり、空調の様な物が起動したのか、音が鳴り始める。
「変わらぬな。あの時のままだ」
小屋の中には大きなテーブルが置いてあり、冷蔵庫やテレビや大きめのソファーが存在していた。それは、ソマリナの生活風景とさほど変わらない様に思えた。地球は高度な文明を持っていたはずなのにだ。クラシック好きな颯真の趣味だろうか。
ラズがクレアを近くにあるソファーに寝かせると、神楽はテレビの近くに置いてある写真に近づいていき、それを手に持つ。そこには、二人の男女が写っていた。恐らくは、颯真とリーナの姿が写っているのだろう。
「貴様にリーナや颯真のことを懐かしむ権利はないぞ」
「颯真はリーナさんと会って、苦しむことがあった」
「意味の分からん事を言うな!」
グレンが憤慨する。
ただ、ラズには余裕がなくなってきていた。ラズの近くに横たわっているクレアの息遣いが荒くなっているのだ。
「それよりも、赤い結晶はどこに?」
ラズが言うと、クレアが彼の手を掴んでくる。
「ラズ・・・。いいよ。私の事は。おかしな事はやめて」
「いいから、ここでゆっくりしていて。すぐに良くなるからね」
ラズがクレアに笑みを浮かべる。
「・・・赤い結晶はここの地下にある」
「うん。すぐに案内して」
グレンが手をこちらに向けてきたかと思うと、三人の体が光り始め、床に沈んで行く。
三人の体が沈み切ると、ラズの視界には、石の壁が飛び込んでくる。そして、その中心にある机には赤い結晶があった。
「これがオリジナルの赤い結晶。全ての悪夢の根源か」
神楽の言葉通りだろう。この結晶が無ければ、地球がこんなことにもならなかった。そして、颯真とリーナは苦しまなくて幸せな生活を送っていたかもしれない。
「ラズよ。本当にいいのか?」
「うん。もう決めたんだ」
ラズは赤い結晶に近づいていく。それは何かに導かれている様にも思えた。この赤い結晶と会うために、ラズは旅をしてきたのかもしれない。彼は赤い結晶に手を当てる。
「お前の願いはなんなのだ?」
ラズの頭に声が響いてくる。何の声だろうか。口調からはグレンの様に思えたが、彼の方を見ても、話している様な気配は無かった。これが赤い結晶の発する言葉という物だろうか。颯真はこれを聞いていたのかもしれない。
「英知、権力、美貌、大抵の事は実現出来る。ただ、代償は頂くぞ。お前にとって大事なものが欲しい。愛するも者の命? 自らの肉体の一部? 様々だ。ただ、よく考えろ。この代償は何者でも取り消せはしない」
代償を選ぶことが出来ると言うのだろうか。颯真が選んだのは愛する者だったと言うことだろうか。
「代償は俺の命だよ。そして、フリーエネルギーと魔力を消して欲しいんだ」
「面白い事を言うな。ただ、あまりにも大きな願いだ。それは私だけでは叶える事は出来ない」
ラズは肩透かしを食らった思いになる。結局、フリーエネルギーも魔力も消す事はできないと言う事だろうか。
「ただ、お前の持つ青い結晶の全てのフリーエネルギーを使えば可能だ。それを全て差し出せ。そうすれば代償はいらない。先ほどのお前の言った代償と同義だからだ」
赤い結晶の言葉はその通りかもしれないが、差し出し方が分からない。ラズはそれを青い結晶に問うことにする。
「青い結晶。力を貸して欲しい」
その言葉を呟いた瞬間に、ラズの意識が遠のく。
再び、ラズの意識が戻ると、周りは暗い空間が広がっていた。
「おーい。誰かいない?」
ラズは叫んだが、何の返事もなかった。彼は徐々に不安になってくる。もしかすると、青と赤の結晶を使用したことで、この世が終わりを告げてしまったのではないだろうかと。
その時だ。ラズの身体から光り輝く何かが飛び出していく。その光輝いている中には、手の平ほどの大きさの青色の結晶がある様に思えた。
浮遊している青い結晶はラズの目線ほどの高さで動きを止める。
すると、ラズの中に様々な思いが浮かんでくる。彼への想い、彼が消えることへの不安。直感理解できた。これは、クレアの想いかもしれない。
今度は、ラズとの別れを悲しむ想い。そしてリーナへの想い、そして、彼女の命に従った後悔の念が浮かび上がってくる。これはグレンの気持ちではないか。
結局、ラズの世界の人々を救いたいと言うのは詭弁に過ぎなかったのだろう。彼が決断したのも自らの親しい人の危機ゆえだ。今では、颯真が青い結晶の力をリーナのためだけに使おうとした気持ちが分かる。
そう、もう迷うことはない。自らはクレアを守るために消えるのだ。
すると、ラズの周りに光が戻り、風景が石の壁が囲む地下に戻る。
「どうした? ラズ?」
近くで浮いているグレンが心配そうな顔をする。
「グレン、色々ありがとうね。そして、ごめんね」
「ま、待て!」
ラズがフリーエネルギーと魔力を消すことを願いながら、赤い結晶に触れると、凄まじいほどの光が辺りを包む。
それは徐々に広がっていき、地球全体を包み込む様に思えるほどであった。
少しすると、徐々に光は失われていった、青年の姿は消え、ただ、一つ青い結晶だけ残して。