遥か彼方の想い

 西暦三千五百四一年。
 地球が光に包み込んでから、一年程の月日が過ぎただろうか。
 魔力の存在は消え失せ、地球は生物達のパラダイスに戻りつつあった。力の源泉を失った魔物は無力化し、人を含めた動物達はその脅威に怯える必要が無くなった。
 魔力の脅威がなくなった事から、電子生命体になった人間達も人の姿に復元された。フリーエネルギーの脅威に怯えた人々は、その使用を制限していたのが幸いした。電子生命体に関わる技術は電力で稼働していたのだ。
 様々な場所で文明が復元されていた。皮肉な事に危機的状況が人々を団結させたのだ。
 そんな、復興し始めた地球にクレアは生活していた。彼女達は英雄として、この世界で丁重に扱われた。皮肉にも神楽がラズを祭り上げたのが功を奏したのだ。
 クレアの青い瞳の中では、人々が多くの建物を建造している姿が映り込んでいた。彼らには笑顔が浮かんでおり、彼女を暖かい気持ちにするものであった。
 そんな時、人々の中から、慶次の姿が現れる。彼はクレアに近づいて来る。
「宇宙船の開発プロジェクトも進んでいるようだよ」
 地球の技術を集大成させたような宇宙船が開発していると言う噂はクレアも知っていた。それは、この星の英雄であり、地球外生命隊である彼らを母星に帰そうというものであった。
 しかし、ダリア星や侍の星に移動するとなると、フリーエネルギーの無くなった地球では距離的に行く事が出来ない事は判明していた。その事も含めて、フリーエネルギーの損失感が一部の人間に広がっているのも事実であった。
 ただ、クレアはダリア星に帰りたいとは思ってはいなかった。それよりも、ラズとの思い出がある、地球で過ごそうと思っていた。
「まあ、守り神もおるしな」
 クレアが持っている鞄から声が聞こえてきたかと思うと、そこから、魔物の顔が見えてくる。それは、グレンであった。彼の瞳も赤ではなく、黒く輝いていた。彼自身も魔物でありながら、地球の人々からは英雄扱いされていた。
「しかし、地球もこれからだな。また、エネルギー不足になるのは間違いない。ただ、その時、フリーエネルギーはもう無いんだ」
「うん。そうかもしれないね。ただ、そしたら、また解決するんじゃ無いかな。ラズみたいな人が現れて」
 慶次が複雑な表情をする。
「ラズ君は残念だったな。良い人間ほど、早く逝ってしまう」
 そう、ラズは良い人間であった。彼こそが報われるべきだった。ただ、彼は約束を守る事はできなかった。二人で暮らす夢は幻想に終わってしまった。
 その時だ。遠くから、侍の様な男がこちらに向かって走ってくる。それは、武蔵の姿であった。
「おーい、ホテルに戻ろうでござるよ」
 武蔵の口の周りにはケチャップの様な物が付いていた。また、何かを食べていたのかもしれない。そのためか、少し太った様にも思えた。
「ははっ、拙者、侍の星に帰る気が薄れたでござるよ。食事がうまくてな」
 本当は武蔵は、侍達の星に帰りたいのだろう。彼にとっては地球は縁もゆかりもないどころか、友人を失うきっかけになった場所なのだから。
「まだ、地球は危険も多いからな。クレアさんも帰ろう」
「行きたいところがあるの」
 クレアの言葉に慶次が考える様な仕草をした後に、何かを思いついた様な顔をする。
「そうか、今日はラズ君が消えてから、ちょうど、一年だったな」
 慶次が言うと、クレアが頷く。今日は、ラズがいなくなってから、ちょうど、一年の月日が経つのだ。
「分かったでござる。拙者が護衛しよう」
 武蔵は腰に抱えていた竹刀を手に持つ。
「いや、いいの。今日は一人で行きたいから。・・・ごめんね」
 クレアの言葉を聞くと、慶次が彼女に近づいて来たかと思うと、一つの丸い機械の様な物を渡す。
「まあ、英雄である君に何かあるとは思えないが、緊急事態があったら、そのボタンを押してくれ。不審者に電流が走り、相手が人間ならば動きを止められる。同時に私達に連絡が来る様になっている。私達もこの近くにいるから、何かあれば、すぐに向かう」
「ありがとう」
「出来れば、二時間以内には、ここに戻ってきてくれ」
 クレアは二人に手を振りながら、ある方向に歩き出す。
「いつものところに行くのか?」
 グレンが言う。そう、ここは、あの時、初めて地球に来た時に訪れた廃墟なのだ。そして、彼女が向かうのは、その近くにあるオアシスだ。
「廃墟の近くのオアシスで、ラズとの待ち合わせがあると言っていたな」
「本当に会えるかどうかは分からない。…ただ、諦められないの」
 グレンの言葉にクレアが呟く様に言う。それに対し、グレンはそうかとだけ答える。何度もあの場所に行った。しかし、ラズが現れることは一度もなかった。
 そして、もう一年が経とうとしていた。今日、一人で行くには理由があった。ラズとのお別れをする必要があると思ったのだ。一生忘れる事は出来ないだろう。しかし、事実を受け入れなければならない。
 クレアは砂漠に出ると、例の約束の地に向かい歩き始めた。
 少し歩くと、オアシスが見えてくる。それは美しい湖を囲んで、木々が囲んでいた。
「今日は、ちょうど、あれも持ってきておるのだ」
 グレンはそう言うと、鞄の中から青色の結晶を両手で持ち上げる。
「それは・・・」
「信じたくもないだろうし、見たくもないかもしれん。だが、事実なのだ。あいつはこの結晶の化身だったのだ。この結晶はあいつ自身と言ってもいい」
 事実なのかもしれないが、クレアには信じられなかった。ラズがこの結晶の力で生まれた人間だったなんて。
クレアとグレンは湖の近くまで来ると歩を止める。
「綺麗な湖だね」
 クレアは言葉とは裏腹に悲しい顔をする。当然のことながら、そこにはラズの姿はなかった。様々な思いが彼女の脳裏を巡り、目が湿ってくる。
「辛いだろうが、我々は前に進まないとならん。これを最後にラズとのお別れにしよう。そのために、この青い結晶を持ってきたのだ・・・。この地に供えよう・・・」
 グレンが言葉を詰まらせる。
 その時だ。青い結晶が宙に浮かび、そこから光が放たれる。
「な、なんだ?」
 グレンが驚きの声をあげる。彼すらも想定してしない事実が起きたのだろう。
 少しすると徐々に光が消えていき、同時に、青い結晶が輝きを失い、地面に転がる。
「何だったの?」
「分からぬ。ただ、青い結晶から輝きが消えた。まさか、自らに残しておいたフリーエネルギーで、何かしらの最後の魔法を使ったのか?」
 何の魔法を使ったと言うのだろうか。まさか、フリーエネルギーの復活を遂げたとかではないだろうか。ただ、青い結晶は自らの意思では魔法は使えないはずだ。クレア又はグレンが何かを願ったのだろうか。
 すると、二人の後ろから足跡が聞こえる。
「クレア、グレン、二人だけで歩いていたら危ないよ」
 後ろから声が聞こえ、クレアとグレンが振り返る。
 そこには、青色の髪の少年が立っていた。数年前に旅をしていた時は毎日見ていた笑顔を浮かべて。
 以前、グレンが話してくれた。リーナは家族を持つ事を願っていた。そして、同時にその子が天寿を全うする事を願っていた。青い結晶はその願いを叶えたのかもしれない。遥か彼方の過去からの想いを叶えて。

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