遥か彼方へ
西暦二千五百三十二年。世界は地獄そのものになりつつあった。
世界では、魔物達の代理戦争が続いていたが、それも長くは続かなかった。人間のために機械的に戦っていた魔物の一部が自我を持ち始めたのだ。最早、神楽研究所の手さえも離れ、各々の国が独自で開発をしている段階に入っていたことから、何かしらの不手際があったのかもしれない。
そうなると、戦いは人間同士から、人間と自我を持った魔物の戦いに移っていってしまう。
そんな世界で、何者にも荒らされていない森があった。その場所は、オリジナルの赤い結晶の強力な魔法で、外界からの干渉を拒絶していた。そんな唯一の平和な場所と言って良い場所で、セシルとリーナが近くの湖に向かい、歩を進めていた。
リーナの横に宙に浮いているセシルであったが、彼は彼女の体調が心配になっていた。以前から、よく胸を押さえて倒れ込むことがあるためだ。
「あまり、歩かないほうが良いのではないか? 家に戻ろう」
「貴方が居るから安心だわ」
リーナはセシルの名前を呼んだことがなかった。彼に名前を呼ぶ事を起点とした命令プログラムがあるためだろう。しかし、セシルが気にしているのはそうではない。
颯真は魔法を研究し、治そうと試みていたが、魔法で解決することはなかった。それどころか、悪化させている様にさえ思えた。最近では、胸を抑える頻度が増えている。
少しの間、セシルとリーナが歩いていると、木々の間から湖が見えてくる。
セシル達が湖の近くまで来ると、そこには大きな宇宙船が存在しており、その前に颯真が居た。
「颯真!」
リーナが声をあげてから、手を振ると宇宙船の前の颯真が振り返る。その宇宙船は神楽という男から譲り受けたものらしい。それをコンピュータのプログラム部分を颯真が改修しているらしいのだ。
「リーナ。外には出ないで安静にしていた方がいいよ。まあ、俺的には思わぬ幸運が舞い降りてきた気分だけどね」
颯真は笑みを浮かべる。
「すまない。俺の研究のせいで、こんな事になってしまった。本当であれば、家族を築けていたのに、それどこではない世界になってしまった」
「でも解決方法はあるんでしょ?」
「ああ、青い結晶があればね」
青い結晶は遥か遠い星にある。以前であれば行く事は考えられなかっただろう。
しかし、フリーエネルギーを使うことで人は今まで行けなかった星に行けるようになった。そのため、既に地球から脱出した人々も多く居た。だが、颯真は彼らのように逃げようと考えているわけではない。ある星に地球を救う物質を取りに行こうとしているのだ。その星の名前はソマリナ。颯真が付けた名前だ。
「青い結晶をこの星に持ち帰ってくれば、この星を救えるのよね」
「ああ、地球の豊富なフリーエネルギーを青い結晶に蓄えさせれば、その位の魔法は使える様になるさ」
颯真が説明すると、リーナが何度も首を縦に振る。
「・・・リーナ、青い結晶を手に入れたとしたら、仮に何を叶えたい?」
「えっ? フリーエネルギーと魔力を消すことかな」
「仮だよ仮。だから、それ抜きで! 自分のために使うとしたらだよ」
颯真が言うとリーナが腕組みをして悩み始める。セシルにとっては、何故、こんな意味のない事を聞くかが理解できなかった。結局、リーナは自らの欲望を叶えることなんて無い。あくまで、妄想の話に過ぎない。意味のない問いかけではないだろうか。
「うーん、やっぱり家族が欲しいかな」
「いいね。ただ、この時代に生まれた子は幸せになれるかな?」
「待って待って。もう一個あるの」
「え? 二個あるの? 欲張りだなぁ」
「その子が幸せに天寿を全うできます様にってね」
その言葉を聞いて、颯真が優しい微笑をする。セシルもそんな光景が微笑ましく思えた。彼らに平穏が訪れて欲しい。そう思えた。こんな意味のない話も悪くないものだと、セシルは自らの考えを改める。
「でも、子供はやめよう。もう、一緒にいられないかもしれないから」
「えっ? 何で?」
颯真の言葉は良くわからない物であったが、たまに彼が吐く淋しい言葉であった。それが何を意味するのかは分からないが、確かに、今の段階で子を持つのは危険だろう。現実を見る必要がある。
「しかし、何故、他の者に相談しないのだ? 例えば政府に伝えるとか、もっと、力を持った奴に頼めばよかろう」
「青い結晶は、赤い結晶と併用すれば、信じられない魔法を使える。オリジナルの赤い結晶となら、殆どの望みが叶うだろうね。ただ、その分危険なんだよ」
颯真の言葉にセシルは納得する。確かに、信用できない人間に渡れば、どんな望みを叶えるか分かったものではない。
「みんなで正義の味方をしよう」
颯真は誤魔化す様に宇宙船を見る。