戻れない
セシルは五年間、一人で本を読んでいた。颯真が相当の本を宇宙船に積んでいため、退屈することはなかったが、孤独感というものは魔物にもあるらしい。冷凍睡眠する事も考えたが、神楽との出来事があったことから、不安で眠りにつこうとは思えなかったのだ。
最早、目的地は眼前だ。宇宙船のモニターにはソマリナ星が映されていた。地球よりは水の比率が低いのか、あの星ほど青々とした物ではなかったが、美しさを感じた。
そろそろ、リーナを起こすべきだろう。彼はリーナが起き上がる事で気持ちが高揚していた。先ほど、彼はリーナの冷凍睡眠を解き、彼女を寝室のベッドに寝かせておいたのだ。
セシルは持っていた本を置き、鼻歌交じりにリーナの眠る部屋に向かい浮遊していく。宇宙船の運転室の扉が自動で開くと、その先には廊下が広がっていた。
ただ、セシルには気の重たさもあった。颯真の事をどう説明するかだ。
目が覚めたリーナは、セシルに苦言を言ってくるかもしれない。いや、彼女のことだから、それはないかもしれないが、彼女を眠らせたのは彼なのだ。何と思われるだろうか。
そんな事を考えながら進んでいるうちに、セシルが寝室の前まで来ると、目の前の扉が自動で開く。
部屋に入るとそこは真っ暗な空間に二つのベッドがあるだけであった。本来は片方には颯真が寝ていたのだが、今ではリーナしか眠っていない。
セシルにとっても、颯真が居なくなったことは悲しいことであった。この三人の生活はセシルにとっても楽しいものであった。しかし、それに反して、彼が居なくなったことが良かったのではないかと思える時があった。それが何故かはセシルには分からなかった。
セシルはリーナの近くまで移動し、彼女に声をかけることにする。
「リーナ。そろそろ、ソマリナに到着するぞ」
セシルが言うと、彼女が寝返りのを打つ。
「うーん、もう少し寝かせて、颯真」
半分寝ぼけているのだろう。颯真という言葉がセシルの心に突き刺さる。
しかし、意識がはっきりしてきたのだろう。リーナが勢いよく立ち上がる。
「颯真は!?」
「あの男は神楽という男の星に残ったよ。あれから、もう五年近く経つ。私はお前に睡魔の魔法をかけた後に、冷凍睡眠をさせた。すまない。私のせいだな」
セシルが説明する。彼が意識を取り戻した時は、リーナを冷凍睡眠に入れ、宇宙船がソマリナに向かっている最中であった。恐らくは、颯真の名前の命令プログラムで自らが行なってしまったのだろう。
「ううん。いいの。貴方のせいじゃない」
リーナがすぐに上を向く。
「宇宙船さん。目的地を颯真がいる星に移動できない?」
突如、リーナが大きな声を上げる。それは、実はセシルも試した物であった。そのため、結果も分かりきっていた。
「その星への移動は不可能です。単独計画では、ソマリナ以外の飛行は禁止されています」
宇宙船が答える。
颯真は単独計画と言っていた気がした。それは、つまりはリーナの単独でのソマリナへの移動を指すのではないだろうか。それに、長い時間考える事が出来、颯真と神楽の元に戻る事は不適切だと感じ始めていた。あの、いけすかない男に会うのは危険が大きすぎる。
「リーナよ。颯真を待とう。きっと、ソマリナに来る」
「もうじき、目的地に到着します。ソマリナ星の状態は良好なようです。到着したら、まずはリーナ様達の安全を確保するためのプログラムが実行されます」
グレンの言葉を遮る様に、宇宙船から声が聞こえてくる。
リーナが少しの間、考える様な顔をしていたが、何かを思いついたように明るい顔になる。
「そうだ! 青い結晶を見つけて、魔法を使えば颯真のいる星に行ける?」
セシルの言葉を無視する様にリーナが言う。
「それはどうだろう。そこまでの大移動は難しそうだ。青い結晶があの星でフリーエネルギーをどれだけ貯めているかにもよるしな・・・」
「でも、出来るかも!」
「リーナよ。颯真の想いはお前が健康で暮らすことなのだ。地球も神楽とか言う男の星も危険だ。あいつの願いを叶えてやってはどうだ? 例え、青い結晶で移動したとしてもあいつは喜ばんよ」
グレンの言葉は颯真の名前を借りたものの、彼自身の思いでもあった。
「でも・・・」
「それに、お前の望みは地球のために青い結晶を使う事だろ? あの星に行って何の意味がある・・・」
「颯真にみんなを救って欲しかった・・・」
その言葉はリーナが思わずこぼしてしまった物だろう。
「着陸態勢に入ります」
宇宙船の電子音声が響く。