ソマリナ星

 西暦三千五百四十年。
 地球から遠く離れた星「ソマリナ」には人間はいなく、動物達しか存在していなかった。人の代わりに、犬人や猫人という二足歩行の動物達がこの星の覇者になっていたのだ。
 ただ、そんな星にも、例外が一人だけ存在していた。
 ラズ・エンクリアは、この星で唯一の人間であった。彼は青い目をしており、それと同じ青色の髪をしていた。年齢は二十一歳なのだが、その年齢に相応しくない中性的な顔立ちをしている。
 ラズは、自室の机に向かい勉強をしていた。勉学をする事は彼の夢に繋がるからだ。彼の夢とは宇宙飛行士になりたいと言うものであった。遠い星を見てみたい。理由は分からなかったが、ラズの心にはその想いがあった。もしかすると、何処かの星で、自らと同じ姿の者がいる事を期待しているのかもしれない。
 そのため、ラズの狭い部屋には大量の本で埋め尽くされていた。
 しかし、勉学に勤しむのには他の理由もあるのかもしれない。通っている大学でも異質な容姿である、ラズは周りからは距離を置かれており、人との交流は殆ど無かった。
 孤独。そんな事を感じたことが無いと言っては嘘になるが、ラズには血こそは繋がっていないが、家族が存在してくれた。彼らは本当の家族の様に、ラズに優しくしてくれた。そのため、完全な孤独を味合うことはなかった。
 そんな事を考えていると。自室の出入り口の扉が開く。扉の外からは猫の顔をした者が二足歩行で部屋に入ってくる。彼はボーダーの服を着て、半ズボンを履いており、身体の大きさはラズと変わらないものであった。
 それは、ラズの兄であるマイクの姿であった。大学から帰ってきたのであろう。
「マイク。帰ってきたんだ」
 ラズが勉強を止め、振り返りながら声をかけるとマイクが笑みを浮かべる。
「おう。また、サークル活動でな。ラズも入ればいいのに」
「勉強があって、中々、入れなくてね」
 すると、マイクが訝しがる顔をする。
「サークルに入れないのは、変なことを言う奴がいるからじゃねえだろうな」
「いや、そんな事ないよ」
「お前は俺の弟だ。変なことを言う奴がいたら言ってくれよ」
 マイクの言葉はラズにとっては嬉しいものであった。確かに、彼のおかげで、虐めを受ける事は少なかった。マイクは学年でも一目を置かれる存在だ。彼の意見に面と向かって異を唱えるものは居なかった。
「そういえば、今日、ニュースで面白い話があったのは知ってる?」
 ラズもその話題はニュースで聞いた。現在の科学力では人の手に届かない距離であったが、不思議な動きをする物体を観測したとか、そんな話であった。
「はは、未知の宇宙人がいるとか? ・・・何てな。でも、そういうのは夢があるよなぁ」
 そう言った話は、ラズの大好物であった。遥か彼方のどこかに知的生命体がいるかもしれない。
 そんな話をしている時だ。出入り口の扉を叩く音が聞こえる。
「どうぞ」
 ラズの言葉に反応して扉が開くと、今度は眼鏡をかけ、エプロン姿をした猫の様な顔をした女性が二足歩行で入ってくる。母親であるミクが入って来たのだ。
「あら、二人ともいたのね」
「母さん。何の用だい?」
 ミクに対し、マイクが怪訝な表情で言う。
「そうそう、ラズに買い物に行って来てもらいたいのよ。さっき、行ってきたのだけど、買い忘れがあってね。マイクは試験勉強で忙しいでしょうし」
「母さん、ラズも同じ大学なんだから、試験が近いよ」
 マイクが不機嫌な声で抗議する。最近、ラズの事で揉める事が多く、彼は申し訳ない気持ちを持っていた。
「でも、ラズは成績が良いじゃない? きっと勉強なんかしなくとも大丈夫よ」
「そう言う問題じゃないだろ? 俺が行くよ。ラズこそ勉強すべきだ」
 ラズは立ち上がり、マイクを制し、ミクに向かい歩き始める。
「俺が行ってくるよ。買う物は何?」
「悪いわね。このメモに書いてあるから、お願いね」
 ミクはラズにメモとお金を渡し、部屋の外に出て行く。
「ラズ。遠慮すること無いんだぞ。お前にとっても母さんじゃないか」
 マイクが厳しい表情で言う。
「遠慮なんてしていないよ。買い物も楽しいしね」
 ラズの言葉は嘘ではなかった。母親に頼られるのは素直に嬉しかった。
「すまないな。俺が行って来てもいいんだけど、バレた時にお前が責められちまう」
「いや、本当にいいんだよ。もう行ってくるよ」
 ラズは急いで鞄を手に取り、部屋の外に出て行こうとする。
「俺も母さんに言ってから、向かうよ。例の旅行の計画を立てたいんだ。そもそも、勉強なんかしたくねえしな。出る前に携帯に連絡入れるから、帰りは一緒に帰ろう」
 試験が終わった後に、二人で温泉旅行をする予定があるのだ。ラズにとっても、それは楽しみであった。彼は晴れやかな気持ちで買い物に出かける。

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