田中颯真?
夜も深くなり、部屋の中に灯りは存在しなくなっていた。時間は深夜に到達しようとしており、ラズ達は全員が就寝していた。
しかし、その時、ラズの耳に小さな音が入ってくる。それを聞くと、彼は布団から起き上がる。どうやら、隣の部屋からの様であった。そういえば、隣の部屋から灯りが漏れていた。
ラズの隣で寝ている武蔵は、その音に気づかないようで熟睡していた。正直に言うと、いびきがひどい物であった。しかし、更に隣の布団に寝ているはずの田中の姿は無かった。
「そうか・・・。そうなったんだ」
小さな声が聞こえてくる。それは田中の物のように思えた。
ラズはゆっくりと立ち上がり、隣の部屋との境の襖を開ける。
そこにはテーブルの前で本を読みながら、頭を抱えている田中の姿があった。彼は部屋に入ってきたラズに気付いたようで、こちらに視線を向ける。
「すまなかった。起こしてしまったか?」
田中が申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
「いや、それはいいんだけど、どうしたの?」
ラズが聞くと、田中が頭を掻きむしる。
「君が買ってきてくれた本を読んでいたのさ。内容は地球の事で抽象的ではあるんだが、そう、抽象的ではあるんだ」
田中がその先を言いづらそうに話を続ける。
「ここには、魔物のことが書いてある。そう、どう考えても、グレンが言う魔物のことに思える」
「地球には魔物が居るってこと?」
ラズが田中の元に歩み寄る。薄暗いながらも、彼の表情は青く染まっている様に思えた。
「そうなるな。いや、この本が正しいとは限らないんだろうが、どうにもそれを否定できない自分がいるんだ。フリーエネルギーの発見は神々を大きく発展させ、そして、滅亡への道を歩ませたと書いてある」
田中が苦しそうな声で言う。フリーエネルギーとはダリア星で聞いた気がした。
「フリーエネルギーはそんな方向に進んでしまったのか? やはり、俺は馬鹿のままだった。英知なんか得ても・・・」
田中は呟く様に言うが、ラズには話の内容が把握できなかった。
「田中さん。思ったんだけど、田中さんの星もグレンの星も地球って呼び方って言うことなんじゃないかな? 偶然同じ命名の星にしてしまったと」
「違う。理解してきた。俺の考える地球はグレンが言う地球の過去の姿なんだよ。いや、そうじゃない。別の星の要素も混じっている様に思える」
田中の言う地球はグレンの語るものよりも昔の物ということだろうか。そうなると、魔物とは地球に元からいた生物ではないと言うことになるのだろうか。そう、誰かが生み出した。それが田中だと言う事だろうか。
「俺の名前は田中颯真。いや、俺は、私は、そんな名前だったか?」
田中が支離滅裂な事を言い始めたが、ラズにはある推測が立っていた。彼には複数の記憶が混ざり込んでいる。それは颯真と呼ばれる物と、何者かの記憶だ。
「田中さん。もう止めよう。明日の夜、グレンを取り戻さなきゃならないんだし」
ラズが田中を宥めるが、彼が更に頭を掻きむしり始める。
「そうだ。俺のせいじゃない。神楽のせいだ。いや、違う。赤い結晶に、颯真があんな願いをしたから・・・」
田中の言葉は徐々に支離滅裂になってくる。
「田中さん!」
ラズが大声を上げると田中の動作が止まる。
「どうしたの!?」
他の部屋から来た、クレアが襖の外から声をかけてくる。
「いや、何でも無いんだ。起こしちゃって、ごめん」
「そう・・・」
クレアは事情を察してくれたようで、襖のそばから離れていく。
「すまない・・・」
「いえ。とにかく、もう寝ようよ。ねっ」
「あ、ああ。そうだね。それに大体理解できてきたよ」
田中は納得した様な表情をしていた。そして、彼の雰囲気がどこか変わったように思えた。