文明の影
暗闇の中に荒廃した廃墟が広がっていた。何かに破壊されたと言う類では無く、人々が捨てた街というのが正しい表現かもしれない。人の整備が施されていない、灯りの入っていない建物が何個も存在していた。
そんな廃墟の道路の中で、ラズは目を覚ました。それは、アスファルトで出来た道路のようであり、固い物であった。
道路に横になっていた、ラズは起き上がり、辺りを見渡す。すると、そこには廃墟が広がっていた。それは、田中が見せてくれた写真と同様の場所であった。
ラズは両方の腕を胸の前で組む。侍の星とは真逆で気温が低いためであった。この星は冬なのであろうか。
ラズが辺りを見渡すと、クレアと田中と武蔵が横たわっており、まだ、目を覚さない様であった。しかし、周辺には、それ以外の人の気配は全くなかった。
すると、グレンが宙に浮かびながら、こちらに近づいて来るのが目に飛び込んでくる。
「ここは何処なのだろうな」
「分からない」
「ラズよ。この星で田中の用件が終わり、魔力が回復したらソマリナに帰ろう。移動してきた星のルートを戻れば良いのだ」
「グレンは地球に帰りたく無いの?」
「よく聞け。他の星に引っ張り出しておいて何だと思うかもしれんが、お前は地球に行ってはならない。お前の命に関わる問題なのだ。詳しいことは言えないが、従って欲しい」
グレンが有無も言わさない口調で言う。ラズにとって、地球に行くことは好ましくない事なのだろうか。
その時、田中が起き上がって来るのが視界に入る。
「ここは・・・」
田中は立ち上がったかと思うと、ラズに向けて歩を進めてくる。
「ラズ。ありがとう。ここは、まさしく、私が求めていた星だ」
田中はラズの手を握る。ここが田中の母星だと言うことだろうか。しかし、どうにも寂しい場所である。人がいる様には思えない。そこまで考え、ラズは田中がウィルスの話をしていたのを思い出す。
「ウィルスのせいかな? 人がいないね」
「ここに人がいないのは意味が違うんだ。エネルギー問題のせいだ」
エネルギー問題はソマリナでも問題になっている。いつ、石油が出なくなるとか聞く事があった。この星でも同様の問題が発生していると言う事だろうか。
その時、クレアと武蔵も起き上がって来るのが視界に入る。
「うーん、ここは?」
「さっきまで屋敷にいたはずなのに、面妖な・・・」
クレアと武蔵も起き上がると、ラズの近くに歩み寄って来る。しかし、武蔵も連れて来て良かった物だろうか。小次郎の遺言があるとは言え、彼にとっては自分の星にいた方が良かった様に思える。
「し、しかし、異常に寒いでござるな」
「ここは地球と同じ気温の様だな。一応、お前には特別に気温を調節する魔法をかけたのだがな。それでも寒いかな」
グレンは武蔵に再度手を向けて来る。気温を調節してあげいるのだろう。
それが終わると、田中が皆に視線を向けてくる。
「ようこそ。ここがルーニ星だ」
「地球じゃないのでござるな?」
「ここは地球じゃない。地球の近くではあるがね」
田中は簡単に地球じゃ無い事を認める。そうなると、田中の母星は地球ではなく、ルーニ星だったと言う事だろうか。
「グレン。みんなには魔力の保護をしてくれたな?」
田中は魔力という言葉を使った。この星もダリア星の様に魔力が充満しているのだろうか。
「この星にはダリア星の様に魔力が溢れておるな。ただ、安心しろ。既に防護の魔法を使っている」
「この星は人間が住めない状態になってしまった。普通の人間は身体を捨てなければならないほどにね」
「ウィルスでって事?」
ラズは田中が以前に言っていたウィルスの話を思い出す。とても不幸な出来事だろう。
「いや、それは間違っていたんだ。ウィルスじゃ無い。魔力の影響で、殆どのものは人の身体を捨てないとならなかったんだ」
田中は、ラズに話した時の様な説明をする。サイボーグ技術によって、魔力の脅威から逃れているという説明だ。しかし、ラズとグレンを除いた他の人間は説明を理解できないでいた。
「殆どの者とは、生身の人間もいると言うことか?」
「ああ、一部の富裕層のみ薬を服用して凌いでいる。人の身体を捨てるのは抵抗があるからね」
グレンの問いに田中が淡々と言うが、何とも不平等な話である。
「まあ、その辺りは拙者にはよう分からんでござるが、これからどうする? 観光でもするでござるか?」
田中の言葉を全く理解できていない武蔵が言う。
「まあ、観光も悪くない。ただ、夜遅くだから、まずは宿を探そう。この近くに交通施設があったはず。ちょっと着いてきて」
田中はどこかに歩き始める。ラズ達もそれに従うように、彼の後ろについて歩みを始めるが、その先には大きな筒状の何かがある様な気がした。
「ここには魔物はいるのか?」
「いや、いない。だから、街に行く際には、君はラズの着物の内ポケットにでも入っていた方が良い」
田中の言葉に従い、グレンはラズの着物の内ポケットに入る。
しばらく、一行が歩くと、大きな筒状のものが具体的になって来る。それは、サイエンスフィクションを扱う漫画に出てくるような道路であるように思えて来る。
そして、その筒状の道路の入り口の前にはロボットの様なものが存在していた。田中はそのロボットの近くまで歩んでいく。
田中はそのロボットの横を素通りして、筒状の道路に向かって行く。
ラズ達も追従して、そのロボットの横を通り過ぎようとしたが、警戒音の様な音が鳴り始める。
「ID不明。ID不明」
ロボットが壊れた様に繰り返して来る。不快な警戒音もなっているため、ラズは動揺する。
「ああ、しまった。私のもので、彼らを許可してほしい」
田中が言うと、ロボットが少しの間、動きを止める。まるで、何かを処理している様であった。
「神楽さま、かしこまりました」
ロボットが言うと、警戒音が止まる。神楽という単語にラズは疑問を覚える。ダリア星で出会った恐ろしい魔物と関係している人間の名前だ。
「さあ、君達も」
田中が言うと、ラズ達もその筒の道路の中に入る。すると、身体が宙に浮き、勝手に彼らの身体は道路を進み始める。
「さっきのって?」
「ああ、ルーニ星では、体内にIDというチップを埋め込まれていて、それで、認証される様になっているんだ」
ラズの問いに田中が答えるが、それは彼が求めている回答ではなかった。
「お前は何者なのだ? 颯真と名乗る。神楽という名前。偶然にしては出来過ぎだと思うが。神楽財閥の人間なのか?」
ラズの服の中にいるグレンが、着物の隙間から顔を覗かせながら言う。それは、彼の聞きたいことであった。
「俺は田中だよ。それ以外の何者でも無い。ただ、別の記憶があるのも事実なんだ」
田中はそれを最後に無言になる。
次第に筒の外の景色が変わってくる。先ほどまでの廃墟ではなく、高層ビルが立ち並ぶ世界が広がっていた。その街々の輝きは美しいものであったが、気になる所もある、エリアによっては電気が全く点いていないのだ。これもエネルギー問題のためだろうか。
しかし、それを抜かしても、ソマリナを大きく超える文明だと言えるだろう。今までが文明と離れた星だったため、なお新鮮に思えて来る
しばらくすると、筒の道路の終わりが見えてくるが、降りる時はどうなるのであろうか。
筒の終わりに着くと、皆の体は宙に浮くのをやめ、再び地面に足をつける。すると、田中が歩き始め、道路の出口に向かって行く。一行はそれに追従する様に歩を進める。
筒の道路の外に出ると、そこには、大勢の人が存在していた。喧騒が広がっていたが、そこに映るのは純粋な人間の姿だけでは無かった。
手が鉄状の者、顔に触覚の様な物が付いている者、足がキャタピラの様な者、様々な人々の姿がそこにはあった。
「愚かしいな。人の姿が一番美しいのに」
田中が呟いたかと思うと、足を止め、皆の方に向き直る。
「君らも疲れただろう。着替えもしたいだろうしね。この近くのホテルに行って休もう」
確かに、侍の星から深夜であった。それを抜いても、無理なスケジュールで星を移動して来ているのだ。ラズに疲労感が襲ってくる。ただ、お金がないのでは無いだろうか。以前の田中の金塊もダリア星に置いて来てしまっただろうし、武蔵野小判も使えるか分からない。
「でも、お金がないよ」
「大丈夫だ。私の関係者と登録しておく。金は心配しないで、着いてきてくれ」
田中は再び歩み始めたため、三人はそれに追従する事にする。
しばらく歩いていると、ラズ達に若い女性が近づいてくる。彼女には兎の耳の様な物がついていた。聴覚を強化しているのだろうか。そして、女性は片手にガラスの板の様な者を所持していた。
「フリーエネルギーについてどう思われますか?」
女性が声をかけてくると、ラズは足を止める。
フリーエネルギー。それは、ラズも今までに散々聞いてきた単語であった。グレンの話をまとめるならば、恐らくは、魔力の源であり、既存のエネルギーの代替になり得る物なのではないだろうか。
「いや、その辺りは、俺にはちょっと分からないのですが・・・」
「近い将来にこの星のエネルギー事情を変える物ですよ。ご存知ありませんか? ただ、そのエネルギーは軍事転用されていると言う噂があります。ここに反対の署名を」
女性は片手に持っていたガラスの板を差し出してくる。フリーエネルギーを軍事転用するという言葉がラズには良くは分からなかった。ただ、軍事の兵器として魔法を使用しているのであれば、由々しき自体だ。この星には魔力が存在することから、魔物はいないが、魔法が存在するのかもしれない。
ラズが困っていると、助け舟の様に田中がこちらに歩み寄ってくる。
「彼らは田舎から出てきたばかりで、情報に疎いのですよ。長い移動で疲れているので、又の機会にして頂けませんか?」
田中が言うと、若い女性は、それでもと交渉してきたが、彼はそれを拒否し続ける。女性は諦めた様に他の場所に移動していく。
「この星にもフリーエネルギーがあるのか?」
鞄の中からグレンが小声で言う。
「ええ、数年前から話題になっている。フリーエネルギーは良い。ただ、魔法に着手されるのは問題だ」
「全く地球によく似た星だな。・・・結末は相違すれば良いのだが…」
田中はそれに答える事なく、再び歩み始める。