魔物「グレン」との出会い

 日は沈み、辺りは静まり返っていた。
 繁華街から家に向かう途中にある、土手をラズとマイクは歩いていた。土手の下には穏やかに川が流れていた。この道は日が落ちると人の通りも減り、静寂に包まれていた。
 マイクが嬉しそうな顔でラズに視線を向けてくる。
「うん。中々良いものを調べられたな。ついでに酒も買えたしな」
「酒なんて飲めないよ。俺は」
 ラズは酒の味が好きではなかった。ジュースの方が美味しいのに、何故、この様な毒物を飲む必要があるのであろうか。世間では酒を飲むと気持ちよくなると言うが、そのためだろうか。そう言った意味では、興味がないと言えば嘘になるかもしれない。
「ラズ。お前は良い子ちゃんすぎるよ。少しはハメを外して、自分の思い通りにしろよ。大学だって、俺や母さんに気を遣って今の所にしただろ? お前ならもっと良い大学に行けたよ」
 その言葉には少し真実が混ざっていた。彼に気を遣ったわけではないが、母の感情を考慮したのは事実だ。
 マイクを始め、エンクリア家には感謝しかない。どこで生まれたかも分からない孤児のラズを迎え入れてくれただけではない。周りからの迫害からも守ってくれ、大事に育ててくれた。
 しかし、ラズがマイクの成績を大きく上回ってしまってからは母の様子が変わってしまった。進路先のことなどで更なる確執が生まれることを彼は望んでいなかった。どこの学校に行こうと勉強はできるのだ。ラズはそんな事をこの場で吐露する気はなかった。
「そんなことないよ。酒の味が嫌いなだけだよ」
「俺も酒の味は好きじゃないな。ただ、酔うと気持ちいいだろ? 今度飲んでみろよ」
 マイクの言葉を聞いていると、ラズに冒険心が生まれてくる。以前、好奇心で飲んだ時はこの世の飲み物とは思えなかったが、気持ち良くなるのであれば飲んでみたい思いはある。
 そんな事を話している時だ。ラズは土手の下で不思議な輝きがある事に気付く。それは、懐中電灯で照らしていると言う類ではない。
「んっ? あれは何だろう?」
 ラズが光の方向に人差し指を向けると、マイクもそちらに視線を向ける。
「ん? 確かに何か光っているな」
 その光は妙にラズの興味を引いた。彼はその場に向かう事を考える。
「ちょっと、見てくる。ここで、待っていて」
 ラズはマイクを置き去りにし、近くにある河岸への階段を降りて行く。慌てたように、マイクもその後ろを着いてくる。
 ラズが光の方に向かうと、そこの光の中には不思議な生物?が横たわっていた。
 その生物?の顔は長い紫の髪をオールバックにしており、顔色は白く、尖った耳を持っていた。その顔に黒いタキシードとマントが異常に似合っていた。そう、魔王という呼び名が相応しい容姿である。
 異質な存在であったが、ラズは恐怖感はまるで感じなかった。何故なら、身体の大きさはラズの顔と同じ位のサイズだからだ。恐らく、何かの人形だろうが、この光は何なのであろうか。
 ラズが呆然としていると、次第に光が収まって行く。
「何だ。こりゃ? 光の中から人形が?」
 後ろから来たマイクも呆気に取られた顔をしていた。
「ふむ。久々だが、移動の魔法に成功した様だな」
 人形の方から声が聞こえてきたかと思うと、先ほどまでは閉じていた人形の目が開いていた。その瞳は赤く染まっていた。まさか、動くとは思っていなかったため、ラズは驚きを覚える。
「な、何だ? 生きているのか?」
 マイクも同様に驚愕だったのだろう。目を丸くしていた。
 ソマリナ星には多種多様な生物が存在するが、こんな不思議な姿の者は見たことがない。
 人形と思っていた小さな生き物はゆっくりと起き上がったかと思うと、ラズの方を見つめる。彼と目が合った瞬間、人形の様な生物は驚きの表情を浮かべる。
「リーナ!?」
「リーナ?」
 小さな生き物の言葉にラズが返答する。リーナとは何なのだろうか。人の名前だろうか。すると、人形の様な生物は思案するような仕草をする。
「い、いや、何でも無い。ふむ。ここの星も大分変わったな」
「ここの星? 何か別の星から来たみたいな言い方だね」
「うむ。そんな所だ」
「言葉は通じるんだね。ここは、ソマリナ星だよ。俺の名前はラズ。君の名前は?」
 ラズが人形の様な生物に近づこうとすると、マイクが勢いよく、彼と人形の様な生物の間に入り込んでくる。
「こっちに近づくな! ラズも気安く話しかけるな! もう少し離れろ」
 マイクの剣幕を見てか、人形の様な生物が笑い始める。
「はははっ、慌てるではない。私の名前は・・・。グレンとでも名乗ろうか。由緒正しき魔物だが、敵意はない。どちらかというと人間を守る素敵な魔物だ」
「人間? 本当の名前を名乗らないとは信用ならないやつだな。しかも、魔物って・・・」
「すまぬな。本当の名前は訳あって教えられんのだ。ただ、お前も人間ではないな。猫の魔物?」
 グレンと名乗る魔物が少し笑いを含めた声で言う。
「俺は魔物ではなく、猫人!」
「んっ? 猫人? 初めて聞いたな? 猫に人が付くとは奇妙なものだ。お前の後ろにいる者が人だぞ。お前は別の生物ではないか?」
 この星ではラズの様な姿をした者はいない。しかし、彼が住んでいた星では、ラズのような姿をした者がたくさんおり、彼らが人間を名乗っているのだろうか。そんな星に、ラズは興味を持つ。
「君は何処の星から来たの?」
「ふむ。元は地球という所で暮らしておったが、年月としては、この星に居る時間の方が長くなってしまったな。まあ、殆ど眠りについておったがな」
 地球。初めて聞く言葉であった。どこか遠い星であろうか。
「探し物があるのだ。青い結晶の様なものなのだが、知らないか?」
「青い結晶なんか知るかよ。ラズ、もうこんなの放っておいて帰ろうぜ」
「お、おい。それは困るぞ。今は眠りから覚めたばかりで魔力がないのだ。お前・・・。いや、貴殿達の家に置いてはくれまいか?」
 グレンが慌てた表情をする。どう見ても悪者には見えなかった。それに、本当に困っているように思えた。彼を助けてあげたくなる。
「ねえ。マイクには迷惑はかけない。グレンの問題が解決するまでは、俺の部屋に住まわせてあげるのはだめかな?」
「おいおい、こんな不気味な生物はペットとは誤魔化せないだろ?」
 マイクの言葉にグレンが更に慌てた顔をする。
「ラズ君、マイク君、どうか宜しくお願いできないだろうか。魔力が回復するまでで良い」
「・・・偉そうだしな」
「い、いや。是非お願い致します。ご迷惑はおかけしません」
 グレンが頭を下げる。素直な良い魔物に思えた。魔物と言われると字面が悪いが、彼らも色んな性格の者がいるのではないだろうか。
「ほら、凄く畏まっている」
「しかし、旅行に行く時にどうすんだよ。人形だとでも言うのか?」
 マイクがため息をつく。確かに、旅行に行く時には問題であった。それに、学校に行くときも彼を部屋に置いていくわけにもいかないだろう。
「ふむ。旅に出るのだな? 私の魔法があれば人を一瞬で移動させることが出来るぞ。魔力があればだがな。便利だろ。一緒に暮らしたくなったかね?」
「ふん。そんな漫画みたいなこと出来るかよ。出来るならやってみてほしいね」
「だから、魔力があればと言っておろう。あるならば、私も自分の目的を果たしに向かっておる。・・・んっ?」
 マイクと話していたグレンだったが、突如、視線がラズに向けられてくる。
「ラズとか言ったな? お前から凄まじい魔力を感じるぞ。こっちに来てみよ」
 グレンの言葉に従い、ラズは彼に近づこうとしたが、マイクがそれを手で制止する。
「やめろ、ラズ! お前は人を信用しすぎだ。しかも、こいつは人じゃねえんだ」
 ラズは優しく、マイクの制止する手を下に降ろす。
「大丈夫だよ。彼には悪意は感じないよ」
 ラズは、ゆっくりとグレンに近づいていく。何故か、ラズには彼に対する嫌悪感が全くなかった。それどころか、親近感さえも感じている様に思える。
「まあいいか。魔法なんてあるわけないし。魔物野郎。ラズに何もするなよ」
 マイクが語気を強めに言う。
 ラズがグレンの前まで来ると、彼はこちらに手を向けてくる。
「ふむ。かなりの魔力を感じる。お前が行きたいところはどこなのだ? お前の魔力を借りれば大移動の魔法が使えるかもしれん」
「うーん、じゃあ、とりあえずは自宅かな?」
「ふむ。ならば、その自宅のことを強く思い描くのだ」
 グレンは念を押してきたが、本当に移動が出来るのであれば自宅よりも、別の星を見てみたい思いもあった。しかし、現実問題、そんな事は不可能だろう。宇宙に対しての何の装備も持ち合わせていないのだから。
 グレンがラズに手を向けてくる。すると、二人の周りが光りだす。異常な雰囲気があり、ラズも若干動揺を覚える。
「何だ! おい! ラズ離れろ」
 異常な雰囲気にマイクが慌てた声を出しながら近づいてくるが、それは間に合わずに、二人の姿は光とともに消えていく。

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