田中と神楽
数日前、田中はホテルの一室で寝ていた。ここは、ラズ達も一緒に泊まっているホテルであった。
「神楽様。神楽様」
田中は暗闇の中で不思議な声に起こされる。それは、どこか聞いた事がある様な声にも思えた。
田中が起き上がると、彼の枕元の近くには黒い髪にスーツを着た、小さな生物が存在していた。瞳の色が赤いことから、彼が魔物であることを理解する。
ただ、田中はその魔物に覚えがあった。シザーと呼ばれる魔物だ。彼は自らの頭の中を検索する。
「お迎えに参りました。帰りましょう」
「シザーか・・・。まだ、記憶がハッキリしないんだ」
「ええ、颯真様の記憶を転送した影響でしょう。それを解決するためにも戻りましょう」
確かに、田中は何かをシザーに任せていた気がした。彼はその言葉に了承の意を示すために、首を縦にふる。
田中の意を受け取ったシザーは、彼に手を向けてくる。すると、二人が光に包まれた後に、徐々に姿を消していく。
次に田中の意識が戻った時、砂浜の上に横たわっている自分がいた。
田中が起き上がると、砂浜に海の波が押し寄せていた。温かい陽気からか、近くでは南国特有のヤシの木が育っており、まるで、リゾート地の様な孤島であったが。彼はこの風景に見覚えがあった。
田中は海に背を向け、ヤシの木が並ぶ方に視線を向ける。そこは並木道のようになっており、一本の道があった。彼はその道をゆっくりと歩き始める。
しばらく、田中が歩くと、家が目に入る。そこには木造の小屋があった。
田中はその小屋に入るために、入り口らしき扉に向かう。建物の様子とは違い、扉は自動的に開く。
田中が小屋の中に入ると、中では空調が入り、すぐに部屋の中は適温になる。
小屋の真ん中には、大きめなテーブルがあり、ソファーが置いてあった。テーブルの上にはガラスの板の様なスマートフォンと赤色の結晶が置かれていた。
壁周りには大きな本棚が何個か置かれており、田中はそこに向けて歩みを始める。本棚には様々なタイトルの本が置いてあった。その中でも、彼はフリーエネルギーと書いてあるものに注目する。
「フリーエネルギーの事が書いてあるのか? そうか、この星には、広めたんだったな。地球の完全なコピーを求めていたから、エネルギー問題は生まれると思っていたからな」
田中は記憶の整理をしようとする。そう、ここにあるものは神楽が颯真に書かせたものだ。よく見ると、本には済と言う文字が入っているものがある。
済と文字が入っているものは、既にこの星に提供された情報なのだろう。フリーエネルギーの隣にある、魔力と魔法まで済が入っている。
フリーエネルギーまでは良い。ただ、何故、魔力と魔法まで広めてしまったのだろうか。この二つの技術は呪いの産物だ。
神楽は信じていたのかもしれない。この星の住人ならば、魔法を適切に使えると。しかし、彼らも魔法を適切に扱えなかった。攻撃的な魔法には手を出さない様、あれ程、伝えていたにも関わらず、魔力が星に充満しているからだ。
しかし、スプライトの技術には済が入っていない。そうなると、何かの動物または考えたく無いが人間を犠牲にして魔法を使っているのだろうか。
次に田中はテーブルの上にあるスマートフォンに視線を移し、テーブルの方に移動を始める。
テーブルまで近づくと、田中がスマートフォンを手に取る。すると、そこには記憶転送完了と表示された。
「颯真様の記憶は正常に転送されましたか?」
後ろから着いてきた、シザーが小屋に入って来て言う。
「いや、故障していたのかもしれないな。そのおかげで颯真でも神楽でも無い何者かになってしまった。転送されたのは颯真の記憶のフリーエネルギーを確立するまでの記憶だけだった。修理を牡丹にさせたのはミスだったかな。あの子はどこか抜けているから」
次第にこの星を出発する際の記憶が浮かび上がってくる。
「ただ、女性を愛した記憶があるのは素晴らしかった。私には無い感情だったから」
田中はそう呟くと、微笑を浮かべる。
更に田中がガラスの板を操作すると、メールのようなアイコンが気になり始める。
「メッセージを表示してくれ」
声に反応して、空中に何個かの文字が出てくる。そこには、ダリア星よりと書かれていたものがあった。牡丹は亡くなっているため、これを送ったのは、あの星で会った魔物だろう。
「ソマリナを観測中に、魔法の発動を確認。直ちに、こちらに訪問を」
メッセージの日付を見ると、これが届いたのは、二十年近く前の事だ。
「この報告を受けてから、記憶を転送し、宇宙船に乗ったってわけか。颯真として彼らの願いを叶えるために」
「ソマリナには着けましたか?」
「いや、不運にも近くの星に不時着だよ。ただ、セシルに会えたのは幸運だった」
「では、そろそろ、記憶の再形成を行いますか?」
シザーの申し出に田中が迷う。今の自分も意外と好きなのである。
記憶の再形成を行ったら、恐らくは、自分は完全に神楽に戻ってしまう。ただ、颯真の記憶が不完全な以上は彼の望むことを叶えることは出来ない。
「ああ、頼む。次のプランに移りたい」
田中は大きく溜息をつく。