地獄に向かう世界
西暦二千五百二九年、世界は地獄に向かっていた。
世界に安全な場所は失われていた。その原因は、神楽の研究所で作られたスプライトであった。その小さな生命体は、人々からは、魔法を使う物という意味合いで魔物と呼ばれた。
この国がフリーエネルギーの独り占めに加え、軍事利用できる魔物を生み出したことで、世界は反発しだした。
脅威を感じた各国は、この国に軍事攻撃を仕掛けてきたが、近代兵器は魔物の防御の魔法の力によって、無力化された。そのため、世界は圧倒的な力を持った、この国に蹂躙され始めた。
しかし、他国はそれに対抗する力を身につける。いつまでも情報を独り占めは出来ないと言うことだろうか。フリーエネルギーと魔物の情報は他国にも流れてしまったのだ。
世界の平和と発展を願っていた颯真の思いとは裏腹に、力を得た人間はその矛を同じ人間に向け出した。どこの国にも他国からの魔物が攻撃を仕掛け、仕掛けられている状況に陥ってしまう。
荒廃した街の中をリーナと颯真は勢いよく走っていた。それは、ひと昔前までは、ショッピングを楽しんでいた街であった。それが、今では破壊尽くされていた。
今の時代では、魔物を持たないことは、死を約束されることになる。各国の攻撃魔法の使用で、魔力が大気に流れ出てしまっているのだ。魔力から身を守るには防護の魔法しか無い。
リーナ達は食料の炊き出しを受け取りに行ったのだが、帰り際に他国からの魔物の攻撃を受ける事になってしまった。
他国からの攻撃は鳴り止むことがない。近くで物凄い爆発音が鳴り、辺り一体を光が包み込む。
「爆発の魔法か? こんなことを続けて何になるんだ! 魔力が拡散するぞ!」
颯真は怒りを込めた口調で言い、リーナの手を掴み走ろうとする。彼女はそれに従い走ろうとしたが、突如、心臓に痛みが走り、その場に膝まずいてしまう。それは、呼吸するのも苦しい状態であった。これが、神楽が言っていた病によるものだろうか。
「ど、どうしたの?」
颯真が心配そうな顔でリーナに近づいてくる。
「す、すぐ立ち上がるから」
リーナはそう言うが、息苦しく、目の前の視界が歪んでいた。
「すまない・・・」
「な、何で? そ、颯真が謝ることじゃないよ?」
いつも、颯真はリーナが苦しむ事にそれを自らの責任の様に気にしていた。いくら夫婦とはいえ、病にかかった事に颯真の責任がない事は当然だ。彼女が足手纏いになったことを気にかけるのはまだしも、彼が気にする事は何もない。
リーナが苦しいながらも視線を颯真の背後に向けると、そこには、髪の赤い魔物の姿が存在していた。彼女がそちらに指を向けると、颯真もそちらに視線を向け、青い顔をする。
「や、やあ。話し合いをしようじゃないか?」
颯真が上ずった声で魔物に話しかけたが、彼は無視するように、こちらに手を向けてくる。それは、人間の命令通りに動く機械のようであった。
「リーナ!」
颯真はリーナを守るように、彼女の上に覆いかぶさってくる。
ここで終わりだろうか。しかし、世界がこの様な事態になった事は、リーナ達夫妻の責任は大きい。これはその報いかもしれない。彼女は運命を受け入れ目を閉じる。
しかし、いつまで経っても魔物の魔法がリーナ達を攻撃してくることはなかった。それどころか、再度、彼の方向に視線を向けると、その姿は消え去っていた。
「あの魔物は消え去りましたよ。世界の彼方へね」
リーナが声がした方に視線を向けると、そこには、神楽の姿があった。そして、彼の手には黒い髪を持った魔物が存在していた。
「リーナ、体調は大丈夫かい?」
颯真がリーナと顔がぶつかる様な距離で言う。
「うん。大分楽になったわ」
リーナの言葉に偽りはなく、先ほどまでの体調不良が嘘の様に無くなっていた。この病は何なのであろうか。
「美しい光景でした。改めて、やはり、人は素晴らしいものですね」
颯真が立ち上がり、彼の方へ歩み寄る。
「神楽さん。助かったよ。ありがとう」
神楽に手を出し、握手を求めると、彼がそれに応える。
「しかし、人類は私が考えるより愚かしかったですね。残念ですよ。フリーエネルギーとスプライトは平和と発展のためのものだったのですが・・・。この状況、何とかなりませんか?」
「何とかって、俺は政治家でもスーパーマンでも無いんでね。あんたの方が何とか出来そうじゃ無い?」
颯真の言葉を聞くと、神楽は彼の顔を観察するように見る。
「貴方が守るべきは一人の女性だけではない。貴方は今の人類にとっても、私にとっても必要だ」
「俺はそんな大層な人間じゃないさ。大切な人を守ることもできないんだからね」
「その人は誰にも救えない。心の底では分かっているはずだ」
神楽にしては珍しく厳しい口調であった。リーナの病は治らないものなのかもしれない。それはそれでいい。自殺願望がある訳ではないが、これ以上、颯真を苦しめるのであれば、自らの命など消えてしまった方が良いだろう。
その時だ。先ほどよりは遠い位置であったが、再び爆発音が聞こえてくる。颯真がリーナに歩み寄ってくる。
「ここも危ないな。リーナ移動しよう。大丈夫かい?」
「颯真、もう私のことは良いから」
「そんな事、言わないでくれ。君がいなくなっては俺は・・・」
その時、近くで、また爆発の音が鳴り響く。