地球との関わり
田中の騒動があった次の日、草木も眠る時間に、ラズ達が地球教の屋敷の周囲を忍び足で歩いていた。屋敷の裏門に向かうためだ。夜の屋敷は昼とは一風変わった雰囲気があった。
ラズ達はそんな薄暗い道を歩いていた。クレア以外の腰には各々の武器が携えられていた。
クレアが来る事をラズ達は反対したのだが、彼女がどうしても来る事を譲らなかった。待っている方が辛いと言う事だ。
ただ、不思議なのが、田中も刀の他に竹刀を持ち合わせているということだ。ラズ達の意見を聞いてくれて、相手を斬り捨てる考えを放棄してくれたのかもしれない。
屋敷の裏門まで来ると、そこには不思議な光景が広がっていた。昨日までいた守衛が全くいないのだ。祭りの日とはいえ、守衛が全くいないのは物騒では無いだろうか。
ただ、裏門の入り口の扉は当然閉まっており、開ける事は出来なそうである。
「守衛の一人でもいれば、鍵を奪えたかもしれないのだが」
「まあ、ここは力持ちの拙者に任せるでござるよ」
武蔵は裏門の扉の前に向かう。
「腕力で開けられるとでも? それなら、私の方が、可能性がありそうだが」
確かに田中の腕力は恐ろしいものがあった。宇宙船の扉を開けられてしまうのだから。しかし、その心配を他所に武蔵は簡単に扉を開けてしまう。それはまるで客人が扉を開けた様な様相であった。
「ありゃ? 簡単に開いたでござる」
開けた当人が怪訝な顔をしていた。
「まあ、よく分からんでござるが、とりあえず潜入するでござるよ」
武蔵が小声で言うと、彼を先頭に一行は屋敷の中に入り込む。
屋敷の中に入り、ラズは再び驚きを覚える。中が明るいのだ。それは、まるで招待客を迎え入れる様であった。
しかも、この星の宿屋の紙縒りに油を浸して火をつける行灯の明るさとは違うものであった。その明るさを生んでいるのは近くの棚の上にある電気スタンドの力だろう。
「電気が通っているとは思えない。ここにもフリーエネルギーの技術があるってことか」
田中が呟く。ダリア星の時と違い、二度目と言うこともあるのだろうか、彼の驚きは少ないようであった。しかし、それもあるが、どうにもラズには田中の様子の変化が気になった。
「以前まではこのようなものは無かったでござるな。それに、何か妙でござる。祭りで休みとはいえ、守衛がいない事、扉が空いていたこと、招くように灯りがついていること」
武蔵の言葉に田中が首を縦に振る。
「罠かもしれない。ただ、ここで、帰るわけにも行かない」
田中の言葉に、今度は武蔵が首を縦に振る。
武蔵の先導で、ラズ達は廊下を歩き始める。照明が付けられており、進む事に全く不便しなかった。ラズは招待を受けた客人の様な気分になってきていた。
廊下を歩いていると、中庭が目に飛び込んでくる。そこは、よく整備された素敵な庭であった。
そして、中庭の反対には何個もの部屋の扉が現れる。それは、この星で見て来た引き戸ではなく、ソマリナにある様な取っ手を回して開く形式の扉であった。武蔵は警戒しながらも、一番奥の部屋に向かい歩を進める。
ラズ達が廊下を歩いて行くと、壁には絵画が飾られていた。
「レオナルド・ダヴィンチの最後の晩餐か。人の偉大な芸術の一つだ」
絵画の一つを見て、田中が嬉しそうに呟く。その絵画に見覚えでもあるのだろうか。
「なんでござるか?」
「いや、何でもない。すまない」
武蔵と田中が小声で言葉を交わす。
少し歩くと今度は不思議な写真が飾られているのが、ラズの視界に入る。田中もそれに気付いたのか、写真に釘付けになっていた。
「懐かしいな・・・」
そこには、男女が肩を並べて立っている大きな写真が飾られていた。
女性の方は、三十代前半くらいだろうか。長い髪は青く、黒い瞳をしており、白いシャツにスカートを履いていた。その顔は、どこかラズに似ている様に思えた。男性の方はボサボサの茶色い髪をしており、無精髭を携えていた。彼も三十代前後位の年齢だろうが、そちらは雰囲気が田中に似ている様に思えた。
そして、その写真の下には、偉大なる発明家と書かれていた。
「颯真とリーナか。まるで、つい最近まで会っていた様な気がする」
田中が悲しそうに言うが、知っている顔なのだろうか。ただ、ラズは写真の二人の名前が気になった。どちらも、聞き覚えのある名前だからだ。
「まるで本物の様な絵でござるな。・・・ただ、田中殿。今はそれどころではござらん」
武蔵が小声で言うと、一行は再び歩を進める。
一行がさらに進むと、何か声が耳に飛び込んでくる。そこに視線を向けると、一際大きな扉が存在した。
「そうだな。聞いた限りでは、この星も地球の人間の手が入っているのだろうな」
中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。明らかにグレンの声だ。
「魔物殿。それでは、本当に私達も地球の人間に作られた者だと言うことか? 嘘をつけない生物として」
「ああ、スプライトと魔法の技術を使用したのだろう。それにお前が持っていた物たちも奴らが持ってきた物だろう? この星を地球に似せたい何者かが干渉したのかもしれないな」
「何度も聞いて申し訳ないが、どうしても、嘘をつけるようにする方法はないのか?」
「すまないが、私には分からない・・・。それに、そろそろ、ラズ達に魔法をかけ直さないとならないのだ」
「・・・後一日だけでも、待ってはもらえんか?」
小次郎とグレンが会話しているようである。
「何の話でござろうか? まあ、とりあえずは中に入ろう」
武蔵は扉をゆっくりと開く。鍵はかかっていなかったようで、扉は簡単に開いてしまう。ラズ達はすぐに部屋の中に入る。
部屋の中は照明こそは明るいものであったが、雰囲気自体はラズ達の泊まっている宿や、武蔵の家の部屋と然程変わりなかった。唯一、違うのは、大量の本棚が存在する事だろう。
ラズ達が部屋に入ってきたのに気付いたのだろう。畳に座っている小次郎がこちらに視線を向けてくる。そして、彼の前に座っていたグレンも視線を向けてくる。
そして、小次郎はゆっくりと立ち上がってくるが、彼の顔色は相変わらず、悪いように思えた。
「お。ラズではないか! では、約束通り帰らせてもらうぞ」
グレンがラズの元に歩み寄ろうとしてきたが、それを小次郎が足で制する。
「不審な動きをするようならば斬る」
小次郎が威圧的な声を発する。
「話が違うではないか!?」
グレンの言葉を小次郎は無視する様に、視線を武蔵の方に向けてくる。
「来るのを待っていたのでござるな。何故、この様な事をする。グレン殿は、こちらの方々の大切な人。引き渡すでござるよ。そうしないと、この者達の命が危ない」
武蔵の言葉に反する様に、小次郎が腰に携えている刀を抜く。
「断る。返してほしければ力ずくで奪え」
「お主は人の命を危険に晒してまで我を通す男では無いでござろう?」
それを聞いた小次郎が微笑する。
「こうでもしないと、お前は本気になってくれんだろう?」
「そんなことはない。こんな状況ではなく、道場で試合をするでござるよ。それにお主は拙者に何度も勝っておろう」
小次郎が笑い始める。
「はははっ、お前が試合で本気になってくれたことがあるか? 他の者には竹刀であれば、お前は圧倒していた。ただ、私相手でお前が本気になったことなど無い。もう、嘘をつくな」
「そんな事はない・・・」
小次郎の言葉に武蔵は反論したが、途中で片手で胸を抑えて黙ってしまう。彼は嘘をついているのだろうか。そして、妖怪が彼の心の臓を喰おうとしていると。
「このままでは、お前は私に対しては、嘘をつき続けることになる。嘘をつかずに、中庭に出て私と勝負しろ」
「・・・分かった。出ようでは無いか」
二人はそう言うと、入って来た扉を出ていってしまう。ラズ達もそれを追う様に、部屋の外に出る。
ラズ達が外に出ると、中庭では正眼に構える武蔵と小次郎の姿があった。同じ立派なためか、二人の武器の違いを除けば鏡の様であった。
「小次郎。お主の話を聞きたかったが、拙者達には時間がない。勝負がついた後に、ゆっくりと語り合うでござるよ」
その言葉が試合開始の合図となる。小次郎が凄まじい速さで武蔵に襲いかかってくる。刀は武蔵の横腹めがけてきたが、武蔵は身体を後ろに移動させてかわす。
二人は何度となくお互いの武器を振るっていたが、ラズにとっては目で追うのがやっとのものであった。
「あの小次郎という男、これほどの腕の持ち主とは。これでは、武蔵が不利だ」
ラズも田中と同様の意見であった。武蔵の武器は竹刀である。それは、数度、小次郎に当たっているように思えたが、致命傷にはなっていない。武蔵が一刀で切り捨てられるのに反し、小次郎は何度も身体で受ける事ができるのだ。それに、竹刀では刀を受けることが出来ない。
武蔵が小次郎の斬りつけてきた刀を大きくかわして、ラズ達の方に移動してくる。それを見た小次郎が攻撃の手を止める。
「危ないから、もっと下がるでござるよ」
武蔵が振り向くことなく、武器を持っていない手をこちらに向けて言う。
「武器が違うと不利だな。その地球人から刀を受け取れ」
小次郎のその言葉を聞き、田中は自らが持ってきた竹刀を手に持つ。
「これを使うといい」
田中は武蔵に竹刀を投げる。彼はそれをラズ達に向けた手で受け止める。
それを見た小次郎が怪訝な表情をする。
「二刀か」
「ふむ、何故だろう。何か、しっくりくるでござる」
武蔵は再び小次郎の方に歩み寄る。
それを見た小次郎が武蔵に襲いかかってくる。彼は武蔵の肩口に刀を振り下ろしてくるが、それを彼は左手の竹刀で受け流し、右の竹刀で小次郎の頭にそれを叩きつける。
竹刀が頭を打つ音とともに、小次郎の動きが止まる。
そして、少しすると、小次郎が仰向けに倒れ込む。
「ふははは、負けだ。負けだ。ここまで綺麗に面を入れられては言い訳のしようもない。気持ちがすっきりしたよ」
小次郎が大笑いし始める。それを見た武蔵が小次郎に手を差し出す。
「そうとは限らんでござるよ。お主は急所には攻撃してこなかった。それに、その刀斬れぬのでござろう? 刃が潰れておる」
小次郎は武蔵の手を握るが、彼は何故か起き上がることはしなかった。
「グレン殿は返してもらうでござるよ」
「ああ、構わんよ。元々、お前と勝負するためと、地球の魔物殿と話してみたかっただけだ。私が勝とうが負けようが、返すつもりだった」
「魔物殿と話したかったのでござるか? 字面的に恐ろしそうな生物ではあるけど・・・」
「お前が考えている魔物とは、妖怪とかの様なものを想像しているのだろう。そうではない。魔物殿とは地球の文明の賜物なのだ」
「地球に行ったことが無い、お主が何故そこまで知っている?」
「少年の頃に、別の魔物殿に会って書物と奇怪な物品の数々をもらったからだ」
「別の魔物?」
小次郎の言葉にグレンが反応する。
「それは、黒い髪をした。怪奇な生物だった。しかし、物品と書物は私の興味を引いた。自分らの存在の起源がそこにはあったからだ」
「起源でござるか?」
「魔物殿と話して確信した。我々は地球の神に作られたのだ。嘘の付けない生物としてな。嘘をつけば罰が降る様に」
「それは妖怪の仕業でござろう?」
武蔵の言葉に小次郎が微笑する。
「武蔵。最後に決闘の我儘を聞いてもらった。お前は、もう嘘をつかずに生きていけよ。私の様にはならないようにな」
「承知した。ただ、それよりも、お主の手当てをせねばならん」
武蔵が心配そうに小次郎を見ていた。竹刀とはいえ、防具を付けずに食らったのだ。怪我があるかもしれないだろう。
「それと、もう一つ我儘を聞いてくれ。もし、機会があれば、私の代わりに地球を見て来てはくれんか? 魔物殿と共に・・・」
「それはお主が見に行けば良かろう」
それを最後に小次郎の手が力を失う。
「おい。小次郎?」
武蔵が小次郎の身体を抱きかかえ、揺すったが、それに対する反応はなかった。クレアが慌てて小次郎に歩み寄り、手を当てていたが、全く効果が無さそうである。
「ごめんなさい」
クレアの謝罪に武蔵が首を横に振る。
「クレア殿のせいではござらんよ」
武蔵が精一杯の笑みを浮かべると、ゆっくりと、小次郎の目を閉じる。
小次郎の言葉を信じるならば、彼は嘘をついてきたせいで亡くなったということだろうか。嘘をつくことで人が命を失う。そんな事があって良いものだろうか。
「小次郎。分かったでござるよ。拙者が地球を見てくる」
武蔵が呟く。
「さてさて、こんな時に言うのもなんだが、どうします? 不審な輩が侵入して、主が亡くなった。このままでは私達は大事な教主を殺害した者だ。すぐに別の星に移動しないか?」
田中の言葉はこんな時に言う物だろうか。先ほどから、彼の主語が変わったこともラズには気になっており、まるで別人といる様な感覚になる。
「そういえば、田中殿は別の星から来たと言っていたでござるな」
「そうだね」
「もし地球という星に行くことがあるならば、拙者も連れて行って欲しい。小次郎の見たかったものを拙者が代わりに見てあげたいのでござる」
武蔵の言葉を聞き、田中が嬉しそうな表情をし、グレンに視線を向けて来る。
「グレン、彼もこう言っている。地球のルートを辿ってくれないか?」
「ダメだ。地球には行く気はない。我々はソマリナに戻るのだ」
田中の願いをグレンが拒絶する。何故、彼が自分の母星に行くことを拒むのか分からないが、その言葉には強い意志を感じた。
「なら、代わりに次の場所は私が望む場所に移動してくれないか? そこに行けば、私の記憶が完全に蘇りそうな気がするんだ。もう、記憶が曖昧なことに耐えられない」
田中が悲痛の叫びを上げる。
以前、グレンが大移動にはその場所を思い浮かべる必要があると言っていた。田中の言う場所を想像できる様な物があるのだろうか。
しかし、そこで、ラズは田中がダリア星で見せてくれた写真のことを思い出す。
「田中さん、ダリア星で見せてくれた写真は目的の星の風景だった?」
「あ、ああ。そうだ」
田中はそう答えると、着物の袖から写真の様なものを取り出す。そこには、荒廃した街が存在していた。グレンが宙に浮かびながら、写真に近づいてくる。
「ここは地球ではないのだな?」
「いや、違う。安心してくれ」
すると、どこかから足音が聞こえてくる。武蔵の試合をしている際は大きな音を響かせてしまっていた。誰かが、この屋敷の異変に気付いたのかもしれない。
「グレン、急ごう。俺なら大丈夫だよ。体調も悪くないし」
ラズが言うと、グレンが考える様な仕草をする。
「うむ。そうか・・・。分かった。なるべく私の魔力で移動できる様にしよう」
グレンが言うと、皆の体が光に包まれ、姿を消して行く。