警察官僚「小野 慶次」
空の色は変わり、闇夜から朝日になる。そんな灯りが豪華なホテルを照らしていた。
そのホテルは富裕層が泊まるのに相応しい様に思えた。室内は贅沢な作りになっており、サービスは超一流であった。
そんな、ホテルの一室で時計が八時を指すと、ラズが起き上がる。
その時計は時間になると音が鳴るわけではなく、人の脳に交渉し、目覚めさせる物であった。グレンが言うには、この時計自体は地球にもあった物らしく、彼は興味本位で試してみたは良いものの、あまり気持ちの良いものでは無いと感じていた。
ラズは起き上がると、部屋を見渡したが、周りには豪華な空間が広がっていた。異常に柔らかいベッドがあり、高そうな家具が何個もあり、窓からは美しい都会の景色を眺めることもできた。ダリア星の宿屋とは段違いだろう。
ラズは外の景色を見るために、窓に近づく。すっかりと、夜が明け、朝日が彼の目に飛びこんできた。
「改めて、凄い部屋だね」
ラズがもう片方のベッドの上で本を読んでいるグレンに声をかける。
「そうだな。あの男はかなりの財力の持ち主だった様だな。まあ、奴があの神楽に関わる人間なら分かるがな。奴の子孫か何かがルーニ星に移動して来たのか?」
「そんな凄い人なの?」
「地球で、神楽と呼ばれる財閥があって、そこの御曹子だ。颯真が所属していた研究所の所長もしていたと、リーナからは聞いた。この星でも財を成したのかもしれんな」
ラズは田中が言っていたことを思い出す。彼は何かの研究に関与していたと言っていた。それはもしかすると、フリーエネルギーの事では無いか。
「昨日の女性が言っていたけど、フリーエネルギーはここにもあるんだね」
「ああ、ここの文明レベルは地球に近いと言える。それを活用する方法を見つけたのかもしれんな。ただ、魔力が充満しているのが気になるがな。魔法が悪用されていなければ良いが・・・」
フリーエネルギーがあり、星が魔力に溢れている。今までの情報から考えられるのは、この星もダリア星の様に攻撃的な魔法が使われていると言うことだろうか。
「まあ、他星のことを気にしても仕方あるまい。それよりも、侍の星に行くには、魔力の回復に一週間くらいかかりそうなのだ。今後は私の魔力のみで移動したいからな。武蔵やクレアもその際に自分の星に帰してあげよう」
昨日、寝る前に、彼とそんな話をした。ソマリナからここまで来た道順を逆に移動して、帰ろうというものだ。
確かにそれであれば、皆を母星に帰す事も出来るだろう。マイクも心配していることも考えると、この星を最後に帰るべきかもしれない。
しかし、クレアはダリア星で幸せに暮らせるだろうか。武蔵は小次郎の見たかった地球に未練はないだろうか。それに、グレンはソマリナ星に戻り、どうすると言うのだろうか。
「ねえ。やっぱり、地球には行ってみない? 君も母星に帰りたくは無いの?」
「私もソマリナで暮らす。地球には良いことなど無い。行けば命の危険があるし、お前にもクレアにも良いことなど無い」
クレアも地球と何かしらの関係がある様には感じていた。グレンが何度か話に上げて来たスプライトとは厳密には何なのだろうか。聞いて来た話を総合すると、人に造られた生物という事だろうか。
そんな事を考えている時だ。チャイムの音がしたかと思うと、玄関の近くにクレアと武蔵の姿が空中に映し出される。来客が来たのだろうが、ホログラムというものだろうか。まるで、SF映画か何かで見る様な光景だ。
武蔵は侍の星の時の着物を着ていたが、上には黒くて、長いダウンコートを羽織っていた。グレンの魔法で守られているとはいえ、この星は彼の星からは考えられない寒さなのであろう。
クレアの方はクリーム色のロングコートと、ワンピースに着替えていた。全て、田中が用意してくれたものだが、彼女は全ての装いが似合っている様に思えた。
「ラズ殿、起きてる? 田中殿が食事に行ってくる様にと言っておったでござるよ」
武蔵が明るい声を上げる。彼は食事が好きな様であるが、この星の食物は口に合うのであろうか。
「うん。じゃあ、準備をするね」
ラズは急いでクローゼットに向かう。そして、そこに置いてある、ジーンズと黒いセーターと紺色の短めのコートを羽織る。そして、肩で背負うタイプの鞄を抱える。これも、田中が用意してくれた物だ。
「残り僅かな宇宙観光だ。楽しむと良い。思い出に残ってくれれば、私も少しは救われる」
グレンが微笑を浮かべながら言うが、彼はどうするのであろうか。
「グレンはどうする?」
「まあ、何があるか分からんのでな。私も行こう。ここには魔物がいない様だから、また、鞄か何かに入ろうと思う」
グレンはラズが持っている鞄に入ってくる。
グレンが入ったのを確認し、ラズは急いで、部屋の玄関に向かう。玄関の扉は人感センサーの様なものがあるのか、自動的に開く。恐らくは、本人以外には開けられない仕組みなのだろう。
すると、扉の前で待っていた、二人が笑顔で迎えてくれる。
「あれ? さっきも思ったけど、田中さんは?」
「田中さんは、何か他の用事があるみたい」
ラズの質問にクレアが答える。彼は一度も食事はしなかった。それは、やはり、サイボーグであるからだろうか。
ラズ達は豪華な廊下を歩き始める。音楽の様な物が静かな音で流れており、かつ、良い匂いがする様な気がした。
三人が歩いていると、エレベータの様な場所に着く。ただ、ソマリナとは違い、そこには人が乗る場所が存在しなければ、扉も存在しなかった。
「拙者はこの乗り物は慣れんでござるな」
ラズもそれは同様であった。床の無い所に足を入れるのは抵抗がある。三人が床の無いエレベータに入ると、身体が宙に浮かぶ。
「一階まで」
ラズが告げると、彼らの身体は徐々に下に降りていく。この落下して行く感覚は慣れそうに無い。
「しかし、凄い文明だな。地球に近い程な」
ラズの鞄の中のグレンが呟く。そうなると、地球もこれ以上の文明なのだろう。
少しすると、一階に着いたらしく、皆の身体が地面と接地する。
エレベータを出ると、大きなホールが視界に広がる。真ん中には豪華な噴水があり、その周りには何人もの人間たちが歩いていた。誰もが裕福そうな姿をしており、外の様に異形の姿の者はいなかった。高価な薬を買えるほどの財力の持ち主が集まっているのだろうか。
ラズがクレアの方に視線を向けると、肩から抱えている鞄から、ガラスの板の様なものを出す。それは昨日の女性が持っていたものと同じ物であり、ソマリナにあるスマートフォンに近いものに思えた。
「田中さんから、お勧めのお店をもらったよ。ここに触れるんだったかな?」
クレアはスマートフォンの様な板に触れる。すると、その板が光だし、地図の様なものが表示される。最早、完全にスマートフォンだ。
「凄いね。まるで魔法みたい」
確かに、彼女からすれば科学は魔法に近いだろう。そう考えると、魔法と科学というのは似て非なるものなのかもしれない。
スマートフォンに映っている地図によると、ここのホテルを出てから右に行く様であった。
ラズがその画面を見ていると、脳に直接アクセスという項目があるのが気になった。これは、目覚まし時計の様に脳に直接知らせを出す物だろうか。彼はその仕組みには好感が持て無かったため、その表示を見なかったことにする。
三人は店に向かうためにホテルの出入り口に向かう。
ホテルを出ると、電光掲示板の様なものが目に入る。そこには、「颯真通り」と書いてあった。その下には、科学の父颯真の名前を冠する通りと書かれていた。
颯真。それは何度も聞いてきた単語であった。田中の名前、グレンの話に出てくるリーナの夫、そして、ここでもその名詞が出てきた。もし、同一人物であるならば、高名な科学者なのだろうか。
三人はナビに従い、颯真通りを右方向に歩き始める。
しばらく、その道を歩いていると、次第に人の数が少なくなってくる。そして、街の光も徐々に少なくなってきている様な気がした。
「右にお曲りください」
スマートフォンから声が聞こえてくる。しかし、その右に曲がる方向は建物の間にある路地の様な場所であった。
三人はナビに従い、路地に入って行く。
しばらく、路地を歩くと、前から男が歩いて来るのが、ラズの視界に入ってくる。黄土色のロングコート姿で、帽子を被り、サングラスをかけており、どこか、異質な雰囲気のある男だった。
「引き返すでござるか?」
武蔵もそれを感じたのか、真剣な口調で言う。
「うん。そうだね」
ラズが小声で言うと、三人は元来た道に戻ろうとする。
「待ってくれ! 警察だ」
男は大声で呼びかけてくる。
「警察?」
「ああ、スマホを見てくれ。今情報を送った。それは偽装不可能なID情報だ」
男の言葉に、ラズはクレアの持っているスマートフォンに視線を向ける。そこには、小野慶次警視正と表示されていた。恐らくは、本物の警察なのだろう。
「君らは神楽財閥の関係者だよな。逮捕するとかじゃないんだ。ただ、会食でもしながら、捜査のために話を聞かせてくれないか?」
慶次と名乗る男が言う。
「会食でござるか!?」
武蔵が嬉しそうな声を上げる。
「ラズよ。神楽財閥の事について知りたい。彼の話を聞いてやってはくれないか?」
鞄からグレンの声が聞こえてくる。
「分かりました。同行します」
「ご協力、感謝致します」
ラズの言葉に慶次が敬礼する。