如月颯真と如月リーナ

 西暦二千五百年、人類は繁栄の絶頂に達していた。
 人は医学の力で寿命を大きく伸ばし、数多くの人口を手に入れたが、その反面で地球の資源を食い潰していった。一番の課題はエネルギー不足だ。
 その対処としては、人々は人口を抑制することを考える。人は幼い頃に長寿の手術を強制的に受けさせられ、代償として子を持つことが出来なくなってしまった。
 そんな世界で、如月リーナは、夫の如月颯真と田舎町の一軒家で暮らしていた。
 リーナはこの国の人間では無かった。欧州のある国で生活を送っていた。そんな、彼女が大学院に進学した際に颯真と出会ったのだ。
 颯真はリーナの国に留学生として大学院に所属していた。彼は天才という言葉がふさわしい優秀な男であったが、人との関わり方が下手な男性であった、人の輪に入れず、どこか寂しそうな印象があった。
 初めの頃は、周りに溶け込めない彼に憐憫の思いもあって声をかけたのかもしれない。ただ、徐々に変わっていく颯真に惹かれていった。今では、人々を救うと夢を追いかける彼に対し、尊敬の念を持っていた。
 大学院を卒業してからは結婚し、颯真の国で一緒に暮らす事になったが、研究ばかりしている彼の収入は微々たるもので、二人は貧乏暮らしを余儀なくされていた。ただ、リーナは幸せだった。都会とは縁のない自然ばかりの場所であったが、それも彼女にとっては幸せであった。
 この場所は人々から捨てられた場所であった、エネルギー不足で広範囲に電力を提供できなくなって来ているのだ。そんな、見捨てられた土地にポツンと一つの一軒家建っていた。その自室で颯真は研究を続けていた。
 人類のエネルギー問題の解消。それこそが、颯真の夢であった。今は彼の研究が佳境に入ったようで、自室に籠もることが多くなっていた。 
 そんな颯真の自室にリーナがお菓子とお茶の載ったおぼんを両手で持ちながら入室する。部屋の中には大量の本棚があった。今時は電子書籍にしてしまうものだが、電力不足と颯真のクラシックな趣味から、紙の本が置かれていた。
 いつも通りに颯真はパソコンの前でキーボードを叩いていた。これもクラシックな風景であった。今では、思ったことがそのままパソコンに記録されていくのに、彼はそれを嫌い、未だキーボードを使用している。そして、そのパソコンの画面にはフリーエネルギーという単語が表示されていた。
 颯真は大気中に不思議なエネルギーが存在する事を突き止めた。それを使用すれば人類のエネルギー問題は解消されるとの事であった。
「颯真」
 リーナが声をかけても、颯真は気付かないようで、彼の手元にある赤い結晶を見ながら、何かを考えている様であった。
「お茶とお菓子を持ってきたわよ!」
 リーナが少し大きめの声でいうと、颯真が振り返る。
「お、おお! すまないねぇ。パソコンと浮気しちゃっていたよ」
 颯真は笑みを浮かべる。こういった軽口を叩く様なことも昔はなかった。リーナは、彼の机に持ってきたお菓子とお茶を置く。
「また、フリーエネルギーの研究?」
「ああ、このエネルギーは地球の大気に存在するんだ。これがあれば、人類のエネルギー不足は解消される。それに、このフリーエネルギーを使えば、人類が出来る事は大きく増える。そう、遠くの星に行くことも出来るんだよ。新婚旅行は宇宙旅行ってね」
 颯真が嬉しそうに話してきた。人類の発展、とても素晴らしいことである。しかも、そのエネルギーは環境に影響が無いとのことであった。リーナの好きな動物や植物にも影響が無いのは喜ばしいことであった。そんな、人々のために頑張っている颯真が、リーナには誇らしかった。
「あの俺が、こんなものを開発するとはなぁ」
 颯真は子供の頃は成績が良くなかったと言うのだ。今の彼からは想像もできないものだが、余程の努力をしたのだろう。
「それにね。この赤い結晶を複製して、改変した物を利用すれば、魔法が使える様になるんだよ。漫画やゲームみたいだろ? ハッピーな世界が広がるよ」
 颯真が嬉しそうに赤い結晶を手に持ちながら言うが、リーナは魔法のことが気になっていた。
 赤い結晶でフリーエネルギーを魔力に変換することが出来、それを使用することで魔法のようなものが使えるらしいが、彼女はその魔法の使用方法に疑問を持っていた。
「でも、あまりにも魔法の使用法が非人道的じゃない?」
「それは、俺も理解はしている。だが、この魔法こそがフリーエネルギーの真骨頂なんだ。これで人の生活はより便利になると思わない?」
 リーナの言葉に颯真が答える。
 魔法を使用するには魔力の受け皿になる生体が必要なのだ。その体内に蓄積された魔力を使い、魔法を使用することが出来る。ただ、魔力によって、生体に異常が発生することが分かっていた。
「でも、埋め込まれた人はどうなるの?」
「生体は人間である必要はない。動物でいいんだ」
「動物だって生きているのよ?」
 リーナの言葉に、颯真が鼻で笑う。
「君は家畜の肉を食べたことがないのか? 薬を飲んだ事もないのか? 犠牲になった彼らには申し訳ない気持ちはあるが、人の繁栄に犠牲は付きものだろう? そして、俺らはその恩恵を受けているんだ。君の言うことは偽善だ」
 颯真の言葉にリーナは反論が出来なくなる。別に口論をしたい訳ではないのだ。只々、悲しい気持ちになった。
「貴方らしくないことを言うのね」
 リーナの言葉に颯真が首を横に振る。
「すまない。また、やってしまった。ダメだよね。こんな考えは。でも、これで人類の生活は豊かになるんだ。君も幸せになれるし、俺の不安も解消されるかもしれないんだ」
「不安って?」
「・・・いや、何でもないさ」 
 颯真は立ち上がり、リーナの腰に腕を回し抱き締める。
「君の大好きな動物は守る様にする。約束するよ。早急に魔法の使用方法は改善するさ」
 颯真が言うと、リーナも彼を抱き締める。そうだ。彼は今までも問題を解決してきた。動物の問題もきっと大丈夫だろう。そして、世界は幸せに包まれるはずだ。
「・・・青い結晶? 遠い星にある?」
 颯真が手に持っている赤い結晶を見ながら、独り言を呟く。
「何?」
「いや、誰かがそんな事を言った気がしたんだけど、空耳かな?」
 何故かは分からないが、その独り言に嫌な予感がした。

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