守れない約束
ラズが上を見ると黒い空の中に浮かぶ、美しい星達が広がっていた。地球の夜空はソマリナよりも綺麗であった。それは、皮肉にも人々の文明が失われたために生まれた輝きであろうか。
そんな星空の下で、ラズはソファーに腰掛けていた。周りには、この屋上に出るための扉と、ソファーしか存在しない。これ自体もグレンが魔法で復元し、下から持ってきた物である。
ラズ達は魔物がこの廃墟に入ってこないか、順番で見張りに着くことに決めたのだ。そして、今は彼の番という訳である。
一人でいると、色々と考えてしまう。
グレンの話では、ラズは青い結晶の魔法が生み出している者である可能性がある。自らがどういった存在かは、ラズもグレンも正確には分かっていない。青い結晶が魔法で生み出した存在なのだろうか。しかし、疑問がある。青い結晶自体はフリーエネルギーを貯めるだけに過ぎず、魔法の素である魔力を生み出す事ができないはずだ。それを変換するのは赤い結晶だからだ。
しかし、どちらにせよ、青い結晶からフリーエネルギーが失われたら、ラズがどうなるかは分からない。移動の魔法でエネルギーが低下した時、手を失いかけた事がある。それを考えれば、青い結晶がエネルギーを使い切った場合は彼自身の全てが消え去ってしまうのだろうか。
しかし、ラズは自身が消えてしまうことの覚悟はできていた。自身の命をないがしろにしようとしているわけではないが、自らが消えることで、人々が救われるのであれば、それは喜ばしいことではないだろうかと思えたのだ。
だが、皆はそれを承知してくれるのだろうか。ソマリナに残してきたマイクに心配もかけてしまう。クレアにも暗い影を落としかねない。
そんな事を考えている時、屋上の入り口の扉が開く。ラズがそちらに視線を向けると、そこにはクレアの姿があった。
「えへへっ、来ちゃった」
クレアが悪戯な笑みを浮かべていた。元気な顔を見せてくれ、ラズは安心する。そう、彼女も自らの生い立ちに悩んでいるのだ。ラズも一緒に苦しむわけにはいかない。
「もう夜だから寝たほうがいいよ」
ラズは優しい笑みを浮かべて言うが、クレアはそれを無視して、彼に近づいてくる。彼は彼女が横に来てくれ、嬉しい気持ちになる。
「クレア。星が綺麗だよ」
クレアがラズの隣に座ると、彼が上を向きながら言う。それに合わせる様にクレアも上を向く。
「うわぁ。凄い!」
「ダリア星も見えるかな」
「ソマリナも見えるかなぁ」
ラズも空を見上げたが、結局、ソマリナを宇宙から見る事は叶わなかった。天体観測の本の写真で見たあの星は美しかったものだ。
ラズは、再度クレアの方に視線を向けると、彼女もこちらに視線を向けていた。
「この星の人達も可哀想なことになっていたね」
「そうだね・・・」
「彼女達に比べたら、私の悩みなんて小さい物だと思って恥ずかしくなっちゃった」
「うん。彼女達が元の人の姿に戻れるといいんだけど・・・」
ラズの言葉を聞くと、クレアが暗い表情をする。何か余計な事を言ってしまったのだろうか。
「ねぇ、さっきの話が気になったの。ラズは魔法の存在を消す力があるの?」
クレアの言葉にラズは動揺する。ついつい、感傷的になってしまい、先ほど、その事を話してしまっていた。本来は隠しておく予定だった事だ。しかし、ここで、嘘で誤魔化しても仕方ないだろう。どちらにせよ、彼女に言わずに消えてしまうのも卑怯だとは思っていた。
「ああ、そうみたいだね。俺も最近知ったんだけどね」
「魔法が消えるかぁ。私もそのせいで嫌な目にあったし、色んな星でも、魔法が人を苦しめていたね。無くなったほうが良いのかもしれないね。ラズはそんな力があるんだね」
「そうとも限らないさ。クレアの魔法は色んな人を助けてくれるはずだよ。要は使う人の考え方次第なんだ」
ラズはフリーエネルギーを消して良いものかと迷ってはいた。全ての根幹であるフリーエネルギーが残っていれば、魔法と魔力を完全に消す事は出来ないだろう。ただ、彼はルーニ星でエネルギー不足の実態を見てきた。それを解決したのは事実なのだ。
「でも、消すことが出来たとして、ラズに何か影響があるって言ってたね」
「それをすると、俺の存在が消えてしまうかもしれないんだ」
クレアの目が大きく開く。やはり、話したのは間違いだったかもしれない。ラズは後悔を覚える。
「そ・・・、それなら、魔法があっても良いんじゃない? ラズが消えるよりずっと良いよ!」
その言葉を聞いて、ラズは自己中心的な考えで、発した言葉であった事に気付く。話したのは、自らを止めてくれる人を求めたのかもしれない。この少女を苦しめているのも、また魔法なのだ。それが消えれば、彼女の瞳の色は他の人間と同じになり、魔女と呼ばれることも無くなるかもしれない。ルーニ星を苦しめていたのも元を辿れば魔法だろう。魔法が無ければ、自らの関わった人たちも苦しむことも無かったかもしれない。そう考えれば、フリーエネルギーは消すべきなのだ。
ただ、消えたくない。そんな思いが無いと言えば嘘になる。クレアと歩む未来を迎える可能性がゼロになってしまうのだ。しかし、世界を不幸にしてまで自らだけ幸せになって良い訳がない。
「グレンが言っていたよ。もっと良い方法があるかもしれないって」
「うん! それを探そうよ」
クレアが笑みを浮かべる。この笑みはラズが消えた後も残ってくれるだろうか。そして、幸せに過ごしてくれるのだろうか。
「そうだ! もし、この星で二人が離れ離れになった時のために場所を決めようよ」
クレアは立ち上がり、屋上の外を見渡す。
「昼に見つけたオアシスなんてどう?」
クレアが指差す方には、廃墟の近くにあったオアシスが存在していた。綺麗な湖であったが、見通しがよく、少し危険な様な気がした。
「危ないよ」
「だって、ロマンティックさも欲しいじゃない? それにさ、私たちが最初に会ったのも湖だったでしょ?」
クレアと過ごした時間は短い物だったが、ラズにとっても宝石の様な思い出ばかりだ。
ラズがクレアの言葉に同意すると、彼女が嬉しそうに首を縦に振る。
「この問題が終わったら一緒にソマリナに行くんだよね」
クレアの言葉にラズは胸の痛みを感じる。恐らく、彼がソマリナに戻れる事は無いだろう。
「うん。もちろん」
ラズは目一杯の笑顔を浮かべる。