人の時代の終焉
西暦三千五百四十年。
この星の動物達は終焉に向かっている様に思えた。多くの動物達は魔力に犯され、人々は魔物達から隠れる様に廃墟の中で暮らしていた。多くの土地は魔物と人間の戦いによって、砂漠と化してしまっていた。
ここは地球。一千年の月日はこの星を更に住みづらい星に変えていた。
そんな砂漠の一つの中に、ラズは横たわっていた。
目が覚めると、ラズはゆっくり立ち上がると、砂だらけの風景が広がっていた。彼自身は来たことがなかったが、ここが砂漠というものなのだろう。周りに、仲間達も横たわっているのが視界に入ってくる。そして、彼らの近くにグレンが宙に浮いているのが視界に入ってくる。彼はラズが目覚めた事に気付くと、こちらに近づいてくる。
「ついに来てしまったな」
「運命だったのかもしれないね」
ラズは地球の過去の話を聞いて複雑な心境になっていた。自分は人間、いや、生物ですら無いかもしれない。自らの姿は結晶が魔法で映し出す幻のような存在なのではないだろうか。そして、リーナの願いを叶えるためにこの星に来たのかもしれない。
ただ、そんな事を気にして何になるというのだろうか。自らがどんな存在だろうと、やるべきことをやるだけだ。とりあえず、まずは、神楽の要望を叶え、皆を首輪から自由にしてあげる必要がある。
すると、他の皆も目を覚ました様で、全員が立ち上がる。嬉しい様な残念な様なではあるが、全員がこの星に来てしまった。それどころか、それに追加して、慶次までがこの星に来てしまったのだ。
「ここは?」
クレアの声が聞こえたかと思うと、ラズがそちらに向かう。
「地球のどこかかもしれない」
ラズは答えるが、彼も地球については全くと言って良いほど知見が無い。現在地に関しては全く自信が無かった。
すると、起き上がった神楽がこちらに近づいてくる。
「全く悲惨な風景でしょ? 人間がこんな結果を生み出した事は残念でなりませんね。そして、ルーニ星も同じ道を歩もうとしているのです」
その言葉を聞いた慶次が近づいてくる。
「ルーニ星が同じ道を歩むだと?」
「ええっ、人は元来素晴らしい存在なのに、何故、こういったことを繰り返すのか?」
神楽と会話をしていると、武蔵もこちらに近づいてくる。これで全ての仲間達が一箇所に集まった事になる。そこで、神楽が一同に視線を向ける。
「さて、これから、地球の颯真の旧居に移動する事になります」
神楽が言う様に、これから、颯真の旧居に向かい、オリジナルの赤い結晶とやらを入手しないとならない。ただ、彼は疑問があった。本来であれば、その場所に移動すれば済む話ではないだろうか。何故、グレンはこの様な砂漠に移動してきたのだろうか。
「グレンさん、移動の魔法で一気に行けませんか?」
「星間移動をしたのだ。移動の魔法を再度使うには少し時間がかかる」
神楽がグレンの事を観察する様に見つめる。
「貴方のそう言う所は嫌いではないですよ。人間臭くてね。まあいいでしょう。最後のお別れもある事ですし」
「黙れ」
グレンが不機嫌な表情で言う。
「それよりも、ここにいては干上がってしまうでござるよ! あの木々がある方に行かんでござるか?」
武蔵が遠くを指差す。ラズがそちらに視線を向けると、確かに木々があり、湖があった。恐らくは、オアシスではないだろうか。しかし、ラズはそれよりも、オアシスの近くには不思議な光景が気になった。それは廃墟の姿だった。そこには高層ビルが立ち並んでいる様に見え、過去には高度な文明が存在していた様に感じられた。
「そうですね。移動の魔法が回復するまではあそこにいましょうか?」
ラズ達はその廃墟に向け、歩み始める。
しかし、本で見た地球は美しい物だったのに、全く水が無い様に思えた。人と魔物との戦争で干上がってしまったのだろうか。あの廃墟とオアシス以外は、周りには砂漠しか存在していなかったのだ。
人影も動物も虫もサボテンすらが無い。砂が広がっているだけだ。
しかし、そこで、ラズは何か動くものがある事に気づく。だが、そこにいるものはラズが期待する様なものではなく、恐ろしい魔物の姿達であった。ダリア星で見たゴブリンや、漫画でしか見た事がない豚人の様な顔をしたオークやらが存在した。
ラズの背筋が凍ったが、魔物が動いてくる事はなかった。それは、彼らだけ時が止まっている様であった。
「大丈夫だ。活動を停止しておる。その者たちは、人間側の魔物達だろう。人の命令を待っているのだ」
この魔物達は人間達の味方をしていた魔物なのだろうか。グレンの言葉は彼らは人の命令を待つだけの存在だと言いたげであった。それは生物と言えるのだろうか。それを言い放った、グレンはどこか悲しそうな表情をする。
「彼らは自分の意志で人間に味方したのではないのだろうな。私が人を守る気持ちは本物であると思いたいな・・・」
「この魔物達は、そういう役割だと言う事です。彼らは人間を守るために生まれたスプライトです。それだけの話です」
グレンの呟きに、神楽が冷たい口調で言う。この男のこう言った所には、ラズは嫌悪感を持っていた。
「スプライトって、何なの?」
クレアが二人の会話に加わる。その質問はラズとしては好ましくない物であった。神楽が何を話すか分からない。彼が彼女を観察するように見つめる。
「人に生み出された生物達ですよ。しかし、牡丹も面白い人型のスプライトを作った物だ。颯真さんと違い、美学は無いですがね。人と似た物は作るべきじゃない。それは残酷だ」
神楽の言葉に、ラズは苛立ちを覚える。神楽が彼女を実験動物のように言う事には反感があった。しかし、ラズよりも早く、グレンが怒りの形相をしていた。
「人とそれ以外の種族に何の違いがある。魔物にも感情はある」
「そうなのかもしれませんね。貴方を見ているとつくづくそう感じる。だから、私は人間臭い貴方の事は好きですよ。セシルさんでしたっけ?」
「その名で呼ぶな。私の今の名前はグレンだ」
グレンの言葉を最後に、一行は無言になり、廃墟の街に向けて歩を進め始める。
ラズはクレアが気になり出した。彼女はどこか俯いて暗い表情をしていた。彼は元気づけるために言葉をかけようとしたが、どの様な言葉を投げれば良いのか分からなく、結局口を閉ざしたままになってしまう。
ラズ達が廃墟に入ると、そこには、高層ビル、デパート、タイヤの無い車、全てが半壊し、その機能を失っていた。
ラズは廃墟の光景に衝撃を受けていた。これは捨てられた街というものではない。明らかに何者かに破壊されたのだろう。これが、魔物の力による物だと言う事だろうか。
「ここのショッピングモールで、私と颯真が再会したのですがね」
その話は、ラズもグレンの話で聞いた。颯真と神楽が再会した場所は賑わっていたイメージを持ったものだ。
「あの場所だと言うのか? 話に聞いた限りでは、周りに砂漠があるなどと聞いてはおらんぞ?」
「この辺りはかなりの激戦区になった。その成れの果てでしょうね」
この街は魔物達の魔法の力で滅ぼされたというのだろうか。しかし、これほどの文明を持った人間たちが一方的に虐殺されるものであろうか。重火器だってあるはずである。しかし、グレンの話では兵器は魔物の防御魔法の前になす術がなかったと聞いた。
しばらく、ラズ達は廃墟を歩いていたが、クレアの顔に疲れがあるように思えた。
その時、ちょうど良いタイミングにホテルの様な高い建物が目に止まる。ラズはその建物を指で指す。
「そこのホテル跡っぽいところで一休みしていかない?」
「ふむ。機能しているかは分からんが、頑強そうだな。建物に入るのが賢明か」
グレンも他の皆も賛成してくれ、ラズ達はその建物に向かう。
建物の入り口には自動ドアらしき物があった。この街が正常な時はここから人が入っていたのだろう。しかし、現在はその扉が自動的に開くことはなかった。
「拙者が開けるでござる!」
武蔵が元気良く、ガラスの扉の前に立つと、両手で扉に力を入れる。しかし、それは開く気配はなかった。
「私が魔法で開けよう」
グレンは扉に手を向ける。すると、扉は自動的に開く。
「これで、今後は我々の誰かが近づいたら開くようになる」
改めて魔法の便利さを感じる。これに人は魅了されてきたのだろう。
先にラズとグレンはホテルの中に入っていく。まずは受付の様なものが目に入ったが、当然、そこには人は存在しなく、かつ、あらゆるところに破壊の爪痕が残っていた。
「自動チェックインシステムも機能しないでしょうね」
後ろから来た神楽がラズに近づいてくる。彼が言うには、こういったホテルでは、自動的にIDでチェックインが行われ、決済が行われる仕組みになっていたとのことだった。そう考えると、元から受付には人はいなかったのかもしれない。
クレアと慶次と武蔵もホテルに入ってき、ラズに近づいてくる。
「本来はフリーエネルギーの力で、風化しないんですがね。その機能も失われてしまっているのでしょう」
神楽が言う様にホテルの中は破滅的な状態であった。置かれているものの殆どが壊れ、壁や天井に穴が空いている箇所さえある。しかも、途中にエレベーターがあったが機能しない様であった。これでは上の階層に行く事は難しいかもしれない。
そして、エレベータの近くにはソファーの様な物が存在していた。ラズはそのソファーに指を向ける。
「そこで休憩しようか? ただ、あのソファー使えるのかな?」
その言葉を聞くと、グレンがソファーに向けて手を向ける。すると、それは新品同様に綺麗になる。
「ふむ。これで良かろう」
グレンの魔法に慶次が驚きの表情を浮かべる。彼は魔法には耐性が薄いのだろう。ラズはクレアをソファーに座らせる事にする。
「なら、ここで食事でもどうでござるか? 拙者、腹が減って腹が減って。慶次殿は色々と持ってきておろう」
「ああ。だけど、来る前に食べなかったか?」
慶次が呆れた顔をしながら、所持している鞄から、武蔵におにぎりを渡すと、彼は立ちながら頬張り始める。
「スプライトは人に作られた魔物みたいなものなのかな? 本当に化け物だったね」
ラズがクレアに視線を向けると、彼女は悲しい笑みを浮かべていた。ここで誤魔化しても反対に傷つけるだけに思えた。
「前にも話したよ。クレアはクレアだよ」
「でも、ちょっと、ショックかな」
「気持ちは分かるよ。俺もそんな様なものだから・・・」
「俺もそんな様なもの?」
クレアの言葉に同調して、つい、言葉を溢してしまった。自らの出自の疑惑については彼女に言わないつもりだったのだ。
「・・・人と魔物?」
ラズとクレアが話していると、突如、どこからか、少女らしき声が聞こえた気がした。
「クレア?」
ラズが聞くと、クレアが首を横に振る。
「何者だ。姿を見せよ」
グレンが声のした方に手を向けると、その方向に緑色の線が現れる。それは幼い人の形をした線画の様に思えた。そして、髪型だと思わしき箇所から、ツインテールの様な形に見えたため、そこにいるのが少女であることを感じた。ただ、彼女は一体何者なのだろうか。
「貴方達はだーれ? 人もいれば魔物もいる。まさか、悪い魔物さん?」
「くだらぬ。私は人に危害など加えん。その証拠にこの者達も生きているだろう?」
グレンが不貞腐れた様な顔をするが、少女が楽しそうに彼に絡んでいた。
「電子生命体ですね」
神楽がラズの持つ疑問に答えてくれるが、電子生命体とは何なのだろうか。彼がその事について、説明を続ける。
百年前後前から、地球では自らの意識を電子の生命体に移行させる者達が出てきたらしい。地球はルーニ星の様に、薬やサイボーグ化をしても、生きられない様になってしまっているため、電子化させるしか生き残る方法が無かったのだろう。
「殆どの人類が、その電子生命体に?」
「まあ、一番多い人達ですかね。力のある人間は宇宙に行くか、防護の魔法を使える魔物を持っているかのどちらかです。そして力がないものは魔力で身体を壊しますからね。経済的に中間層以下が電子生命体になるわけです。現世に干渉できない幽霊みたいな存在となってね」
神楽の話し方は感情が感じられなく、淡々としていた。その内容にラズは憐憫の思いを持つ。
「気の毒に・・・」
「何が?」
神楽が理解できないと言う表情をする。
「解決の選択肢はあるのですよ。その選択肢を取らなかったのは、彼らの自由意志ですよ」
「田中、いや、神楽殿。それができぬ人間もいるのでござるよ」
武蔵が厳しい口調で言う。
「お母さん達はどこにいるのかな?」
いつの間にかクレアが少女の方に移動しており、膝を折り、同じ視線でそう聞く。
「えへへっ、お母さんには内緒で来ちゃったんだ。そうだ。そろそろ、帰らないと。魔物さんと遊べて久しぶりに楽しかったよ」
それを最後に少女らしき緑の線は、どこかに消えて行ってしまう。
「電子生命体は現世に干渉できない。子供にはつまらない世界かもしれませんね」
神楽の言葉にラズは悲しい気持ちになる。
「グレン。魔法は・・・。フリーエネルギーはこの世界に必要なのかな?」
ラズが呟く。
「それは私にも分からん。ただ、フリーエネルギーが人類を救ったのも事実だ。そして、魔法が人の文明を加速的に進化させたのもな。ただ、反面でフリーエネルギーが生まれれば、魔法が生まれるのも必然だ」
ラズの脳裏に、グレンから聞いたリーナと颯真の話が浮かび上がってくる。青い結晶が溜め込んだフリーエネルギーをオリジナルの赤い結晶に与えれば、世の中から魔法の根元を消せると。
「俺の力で、この世からフリーエネルギー、魔法を消す必要があるんじゃないかな?」
「まだ時間はある。もう少し考えろ。お前に影響がない方法があるかもしれないだろう?」