破滅の足跡
小さな部屋の中に大きなテーブルが存在していた。こじんまりとした部屋ではあったが、部屋の雰囲気は高級感があった。そして、そのテーブルを囲む様に、ラズとクレアと武蔵と、そして、慶次が椅子に座っていた。皆の前にはサラダが置かれていた。
サングラスと帽子とコートを脱いだ慶次は、髪をオールバックにしており、スーツを着ていて、真面目な公務員といった雰囲気であった。四十中盤くらいの男性だろうか。何故、あの様な怪しい格好をしていたのか疑問が残る。
更にラズは個室の薄暗さが気になっていた。窓の無い部屋であることもあるのだろうが、照明が少なく明るさが弱いのだ。
「これだけじゃ足りないでござるよ」
「ただの前菜だ。いずれは、メインが来る」
武蔵の苦言に慶次が答える。
「さて、誘いに乗ってくれてありがとう。ここは、俺がご馳走させてもらうよ」
「何故、俺らがあそこにいると分かったのですか?」
「匿名の人間から神楽財閥に関係している人間がいると連絡があってね。君らの場所と特徴を教えてくれたんだ。罠かもと疑ってはいたのだがね」
匿名の人間とは何者だろうか。この星で言えばラズ達は宇宙人だ。場所を把握している者がいるとも思えないが。
「聞かせてくれ。財閥とはどう言う繋がりなんだ?」
慶次にどう説明して良いのかが分からなかった。他の星で会ったなどと話しても、信じてもらえるだろうか。ただ、ここの星の科学力なら、他の星に行くのは容易かもしれない。
「別の星で会ったんです」
「別の星? 君らは宇宙人とでも?」
慶次の言葉にラズが首を縦に振る。慶次は納得した様に首を何度か縦に振る。それほど、彼が驚いている様にも思えなかった。
「信じてくれるんですか?」
「ごまかすなら、もっとマシな嘘をつくだろ? それに、君らはIDシステムに登録されていない。そんな事はこの世界ではあり得ない。生きているのであれば、登録されているものさ。されていないのはこの星に存在しない人間だけだ」
そんな事出来るものだろうか。ソマリナですら、世界中探せば、政府機関に把握されていない人間はいるのではないだろうか。
「信じられないと言う顔だね。簡単な話だ。この星のウィルスを防ぐには、政府機関から高価な薬を買うか、政府機関のサイボーグ手術を受けるしかない。その時にシステムに登録されるはずなんだ。両方しない人間は死人になるしかない」
慶次が言うウィルスとは魔力のことだろうか。一般の人間には魔力という言葉は広がっていないのかもしれない。
「失礼します」
外から声がしたかと思うと、店員が入ってくる。彼はワゴンの様なものを転がしており、その上にはスープが数個存在していた。店員はそれを皆に配り始める。
「また、少ないでござるー」
「いちいち、うるさいな。スープが来たんだから、次くらいにはメインが来るよ」
慶次が呆れた顔をする。
「さて、本題に移らせてくれ」
慶次はそう言うと、スマートフォンを取り出す。
「画面を出してくれ」
慶次が言うと、空中に画像が浮かび上がってくる。そこには雷の様な物が表示されていた。
「これは一例に過ぎないが。神の雷と呼ばれている。紛争地域に大国が介入した際に起きた際の現象だ。兵器の一つと言われている」
ラズの脳裏にゲームにある雷の魔法というものが浮かび上がって来る。これは、魔法の一部に思えて来た。
「ある時から、戦場で炎の塊やら、氷が降って来るやら、見たこともない兵器が生まれ出した。ウィルスが流行り出したのも同時期だ」
慶次の話はグレンが言っていた魔法にそっくりであった。軍事で攻撃的な魔法を使用し、魔力がこの星に溢れかえった。そう考えると全ての辻褄が合う様に思えた。
「その関連性は、私には分からない。ただ、おかしい事実があるんだ。ウィルスが流行るのと同時に、ウィルスへの薬とサイボーグ化の技術が生まれたんだ。おかしいと思わないか?」
サイボーグの技術は、それまでは、この星では全く無かったらしいのだ。確かに、そんなに瞬時に対策できるものだろうか。事前に準備していた様にしか思えない。
「拙者、よく分からぬでござるが、その話と神楽財閥とやらの関わりはなんでござるか?」
「この星の科学の発展は如月颯真という男の遺した物が大きいんだ。それを握っているのが、神楽財閥だと言われている。だからこそ、あそこの財閥は巨万の富を得たんだ」
慶次が話す颯真がラズの想像している者と同一人物ということであれば、如月颯真とは、神楽財閥に関わっていたということだろうか。
「だからこそ、ウィルスのことも彼らが関係していると考えた。しかし、あの財閥は、大昔から絶大な権力を持つ、アンタッチャブルな存在だ。中々、手が出せずにいた。上司にも追うなと言われていたしね」
「何故、そこまで危険を冒してまで神楽財閥を追うでござるか? 使命感から?」
「私の幼い頃からの友人が、このウィルスが元で亡くなった。金がなくなり、サイボーグの身体を維持出来なくなったんだ」
慶次の言葉が真実であれば、痛ましい出来事である。もし、マイクがそんな事情で亡くなったとしたらと考えると、背筋が凍る思いであった。
「ウィルスを広めた、神楽財閥の責任を追求する。そして、彼らに責任を感じてもらうのが私の目的だ。彼らが猛省し、貧する者が救われる様な行動をしてくれる様にね」
慶次言葉は正論に思えた。しかし、田中の元に案内すれば、彼は慶次の手によって逮捕されてしまうのでは無いだろうか。
「さて、私の話はここまでだ。神楽財閥について、情報が欲しいんだ。君らの知っていることを教えてくれ」
ラズは慶次にどこまで話して良いか悩んでいた。彼にとっては田中と会えることが一番喜ばしいことだろう。ただ、それで、彼に何かしらの不利益が及ぶ可能性がある。
その時、クレアから預かったスマートフォンが震え出す。
それに反応して、ラズがポケットからスマートフォンを取り出し、そちらに視線を向けると、そこには、「食事が終わったら、最初、この星に降り立った場所に来て欲しい」と田中のメッセージが表示されていた。
「何かあったのか?」
ラズの様子を見て、慶次が視線を向けて来る。彼は話して良いものか悩んだ。
「もし、神楽財閥関係者からの連絡なら、私も彼の元に連れていってほしい」
慶次がラズの表情から、何かを読み取ったのだろう。
「何か、危害を加えるつもりでは無いの?」
「とりあえず、話してみたいだけなんだ。どちらにせよ、私には彼らを追求するだけの力は無い。それにわだかまりはあるが、彼らも故意でウィルスを撒いたわけでは無いだろう」
クレアの言葉に慶次が言う。彼の目には嘘はない様に思えた。
「失礼します」
その時だ。再度、外から店員の声が聞こえてきたかと思うと、再びワゴンを転がしてくる。その上にはステーキが乗っかっていた。
「キタキタでござるよ!」
武蔵が嬉しそうに叫ぶ。