悪魔のシナリオ
ホテル周辺は相変わらずの廃墟が広がっていた。どこかに、先ほどの住人達が目を光らせて警護をしているかもしれない。
そんな中に、ラズとクレアとグレン散策していた。本来は危険もあるかもしれないが、住人達がいることから、ある程度の安心は確保されている様に思えたからだ。ただ、彼としては自らよりも、ホテルに残された武蔵達の方が心配であった。
「武蔵さん達はホテルに残ったままだけど、本当に大丈夫なのかな?」
「出る前に言ったであろう。私の防護の魔法は三日間持つのだ。それに、あいつらなら、魔法が切れても大丈夫だろう。特に武蔵は飯を食べれば治るに違いない」
グレンは場を明るくしようとしてくれているのだろう。何故なら、クレアが一言も話さないのだ。彼女と話をするために、表に出たと言うのに、無駄に終わるかもしれない。
「しかし、凄い車だよね。タイヤがないんだよ。ソマリナにもこんなの無いよ。この車とか空飛んで移動すんのかな」
ラズが近くの車を指差すが、クレアがそっちに視線を向ける事はなかった。
「・・ラズ、いなくならないよね」
ようやく、クレアが口を開くが、回答に困る言葉であった。しかし、もう、彼女に嘘をつくわけにもいかない。
「クレア、分かって欲しいんだ。この世界には、魔力に苦しんでいる人が何人もいる。彼らを救わないとならないんだ」
「そんなの何とかなるよ! ダリア星でも人々は生きていけたんだよ」
すると、雨が降り始めてくる。
「クレア・・・」
「約束を守ってよ。ソマリナで一緒に暮らすんでしょ」
ラズは言葉を詰まらせる。その約束を果たしたいのは、何よりもラズ自身なのだ。しかし、それは、何人の犠牲の元に果たされる約束なのだろうか。
「・・・ごめんなさい。でも・・・」
クレアが謝罪するが、彼女が謝る事などは何もない。謝るべきは、嘘をついてきたラズだろう。
「ラズよ。魔力が回復したら、首輪のことは私がなんとかする。だから、ソマリナに戻ろう」
グレンの言葉にラズも心が揺らいでくる。しかし、それが本当に正しいのだろうか。
ラズが言葉を詰まらせていると、徐々に雨が強くなってくる。
「ふむ。そろそろ、デパートに戻ろう。雨除けの魔法を」
グレンは魔法を唱えようとしたが、それを無視するように、ラズ達は徐々にずぶ濡れになってくる。
「むっ? 何故、魔法が使えぬのだ? 魔力の回復が遅いのか? とりあえず、早くデパートに帰ろう」
グレンがデパートに向けて進み始めると、ラズもクレアの手を握り、デパートに向かい、走り始める。
しかし、しばらく走ると、クレアの息遣いが荒くなっている事に気付く。
「どうしたの?」
ラズが足を止め、振り向きながら、声をかける。
「え、ええ。何でもない・・・よ」
その言葉を最後にクレアはその場に倒れてしまう。彼女に近づくと、その息遣いが異常であり、苦しそうな表情をしていた。ラズは彼女を抱き抱える。
「・・・どうしたんだろう。何だか体調が・・・」
クレアの顔は青く染まっていたが、何があったのか、ラズには全く分からなかった。
グレンがラズ達に近寄ってきて、クレアに手を向ける。しかし、その手が何かを改善させる事は無かった。
「どうしたことだ? 魔法が使えん」
ラズはこの状況をどこかで見たことがある気がした。そう、ダリア星での出来事だ。
その時、近くに人の気配を感じる。
「おやおや、ここまで歩くとは大した物です。その人型のスプライト、研究したいですね」
声がした方を見ると、そこには、傘を指している神楽の姿があった。そして、彼の肩にはまるでグレンの様な赤い目をした小さな魔物が存在していた。そう、それは、ダリア星で出会った魔物であった。
「こういう古風な物も、趣があって良いですよね」
「その魔物は!?」
ラズが神楽を睨みつける。
「ああ、あの星と同型の魔物ですよ。攻撃に優れていてね」
「その魔物に何をさせたんだ!?」
「この街全体に、君以外の人間に毒の雨を降らせただけだよ。もう、毒が散乱しただろう。室内にいようが無駄だろうね」
神楽の言葉にラズは衝撃を覚える。武蔵と慶次、それに昨日の人々も毒にかかっていると言うのだろうか。
「何故、そのような事を!? 貴方にシンパシーを持っている人達も、この街にいたはずじゃないか」
ラズの言葉に神楽が鼻で笑う。
「大事の前の小事だよ。どうでもいい事だ」
「早く解除して!」
ラズが神楽に抗議をしていたが、その時、何者かに触れられるのを感じる。抱き抱えているクレアが彼に手を当てて来ていたのだ。その手は光り輝いているように見えた。
「ラズ・・・。回復の魔法をかけるね」
クレアはその言葉を最後に、力無く倒れてしまう。意識を失ってしまったのだろう。
「素敵な光景です。自らを守るよりも他者を労われるとは。人とはこうでないと」
「早く毒を解除しろ!」
ラズが神楽に強い口調で言う。
「君はその方法を知っているはずだ。この世から魔法の源を消せばいい。そうすれば、その少女も他の者も救えるよ」
魔法を消す。そうすれば、確かにクレアも武蔵も慶次も救われるかもしれない。ずっと、決断ができなかった。でも、今が決断の時かもしれない。
「貴様はあの時と同じことを繰り返そうというのか?」
ラズの近くに浮いていたグレンが吐き捨てる様に言う。しかし、今はそれどころではない。このままでは、ラズの大切な人達が危険に晒されているのだ。
ラズがグレンに視線を向ける。
「ごめん。口論は後にしよう。今すぐ、颯真さんの旧居に移動してほしいんだ」
「ラズ・・・」
グレンが暗い表情を浮かべていた。
「これは遠い昔に決まっていた事なんだ」
ラズは空を見上げる。そう、こうなる運命だったのだ。遠い昔にこの事は決まっていたのだろう。