ラズの正体
孤島の砂浜の上に黒いステルス機の飛行機が降り立った。
最初はこの様な砂浜に飛行機が降りられる物なのだろうかと不安に感じた物だが、それは懸念に終わった。
飛行機が降り立つと、四人の人間あ降りて来る。そこにはラズ達の姿があった。
ラズは砂浜を降りると、辺りを見渡す。ヤシの木、砂浜、美しい海。まるでリゾート地の様であった。その風景は、どこかラズの心を落ち着かせた。
「さて、何がでてくるのやら」
それに反して、慶次緊迫した面持ちをしていた。ラズ達を守ろうと気負っているのだろう。その考え自体はありがたい物だったが、懐の拳銃を使用するのは控えて欲しかった。
「おーい。どなたかいないのでござるかー」
武蔵が声を上げると、ヤシの木に挟まれた一本道から足音の様な物が聞こえて来る。
そして、その足音の本人が姿を現す。
それは田中の姿であった。ただ、髪は以前の様なボサボサのものではなく、しっかりと整っていた。更に黒いスーツを着ており、端正な顔立ちに合うものであった。
「おお、いらっしゃいましたね」
田中はラズ達の目の前まで来ると声を上げる。明らかに彼自身なのだが、雰囲気がまるで別物であった。
「貴方が神楽の関係者?」
「そうです。私が神楽です」
「私という、思わぬ来訪者に驚かないのですね」
慶次の言葉に、田中の姿をした神楽が微笑する。
「貴方が私のことを嗅ぎ回っているのは気付いていましたからね。ラズ達を貴方に会わせたのですよ。この星の事を貴方に説明してもらいたかったし、会ってもみたかった」
「何故ですか?」
「貴方もフリーエネルギーの悲劇を知っている人だ。そんな人がどんな思いを持っているか知りたかった」
ラズは神楽の言い方に不快感を持った。
「まあ、まずは、座りませんか?」
田中が言うと、突然、彼とラズ達の間にある砂浜の一部が盛り上がる。そこからはテーブルと椅子が姿を現す。
「どうなってんだ!?」
慶次が驚きの声を上げていることから、この星の科学力でも、ここまでの事は出来ないのだろう。まるで魔法の様な光景だ。
ラズ達の驚きを無視する様に神楽が席に座ると、ラズ達も各々が席に座る。
「貴方は田中さんではないのですか?」
ラズが田中に単刀直入に聞くと、田中が笑みを浮かべる。
「ラズ。私は田中であり、颯真でもあったんだ。ただ、今は神楽だ」
田中もとい神楽が回答するが、どうにも混乱する物言いだ。ただ、妙に腑に落ちたところもあった。田中は複数の性格を持ち合わせていた様に思えた。恐らくは、一つは如月颯真。一つは神楽なのだろう。しかし、一つ疑問が残る。大昔に生きていた颯真の記憶をどうしやって手に入れたのだろうか。
「単刀直入に聞きたい。貴方達、神楽財閥がウィルスをこの世界に広めたのですか?」
ラズの考えを遮る様に慶次が神楽に問う。
「まあ、広めたと言うのには語弊がありますがね。大体、貴方の想像している通りですよ。政府に情報を提供したのですが、使用方法を誤って、魔力が広がってしまったと言うことです」
「魔力? 漫画の読みすぎじゃないか? まあ、それはいい。貴方達の責任を問いたい。ただ、私は別に貴方達を捌くことが目的じゃない。神楽財閥の財力で、弱者救済をお願いしたいのです。貴方達が故意で行ったことでは無いのは分かっている。ただ、責任の一端はあるとは思いませんか?」
「ええ、私は構いませんよ。全ての者にチャンスを与えるのは当然でしょう」
神楽の言葉は、慶次には予想外の返答だったのか、鳩が豆鉄砲を食った様な顔をしていた。
「ただ、私にその権限は無い。神楽財閥の財政を管理している人間に訴えるべきでしょうね。私は神楽財閥のトップですが、あの財閥の全権を持ってはいない。人々に干渉するのは極力避けているものでね」
「なら、権限を持った人間を紹介してほしい」
神楽は慶次を見ながら笑みを浮かべる。それは、まるで自らの筋書き通りに話が進んでいると満足している表情に思えた。
「もっと良い方法がありますよ。貴方たちが地球に行けば良いのですよ。そこで颯真の家にある、オリジナルの赤い結晶を手に入れれば良い」
「地球? 聞いた事がないな。今の航行技術で行ける距離にあるのですか?」
「まだ、フリーエネルギーを使いこなせていない、あなた方の科学では無理でしょう。ただ、行けますよ。そこの方達は素敵な魔物を持たれているのでね」
神楽の言葉に、ラズが肝を冷やす。
「魔物? 何を言っているのですか?」
「ははっ、私は貴方達の事は存じ上げているのです。一緒に旅してきたじゃないか。意味のない嘘だ」
ごまかせないことは予想はしていた。彼が田中であるならば、グレンのことも含めて、全て筒抜けであろう。
「神楽さん。先程から、何を仰っているのですか? 魔物なんて存在する訳ないでしょう?」
慶次が苦笑いを浮かべる。
「貴方は知らないでしょうね。行けるんですよ。魔物の魔法の力でね」
「分かりました。例えば、俺達が地球に行けたとしましょう。ただ、そのオリジナルの赤い結晶を手に入れて何をするのですか?」
二人の会話にラズが口を挟む。
「魔法の源である魔力とフリーエネルギーの存在を消してほしいのです」
「よく分からないけど、そこまで知っているなら、貴方が地球に行って消してくれば良いんじゃない?」
ラズの横にいるクレアが軽い口調で言う。
「既に私は地球に何度も言っています。ただ、貴方達の持っている青い結晶が無いと無意味なんですよ。それと、危険な場所だ。ボディーガードも必要ですしね」
青い結晶とは、グレンが探していた物だろう。彼が探し中の物で、ラズ達が所持していないはずである。
突然、慶次が立ち上がり始める。
「ちょっと待ってくれ。神楽さん。貴方は少しおかしいのではないか? 話していることが奇想天外すぎる。それに、そんな危険な事に彼らを巻き込むことは私が許さない。そんな事を考えているならば、我々は帰らせて頂く」
「フリーエネルギーを消さないと根本的な解決にはならない。それに、弱りましたね。ここまで話を聞いて、何もしませんで、帰られるとでも?」
神楽はスーツの胸元に手を入れる。
「動くな!」
慶次は凄まじい速度で胸元から拳銃を取り出し、それを神楽に向ける。
「警察官が犯罪者でもない私に拳銃を向けますか?」
「私は自分の正義を曲げてまで地位にしがみつくつもりはない。この子達を守るのが、今の私の使命だ! 只の脅しだと思うなよ」
慶次が凄んだ声を上げる。
「美しい姿ですね。ただ、撃たれるのはごめんなのでね。シザー。彼の動きを止めなさい」
神楽は慶次の脅しを無視するように、胸元から手を出す。彼の手には、グレンによく似た存在が居た。シザーと呼ばれる魔物は黒い髪をしていたが、グレンと同じく赤い瞳を持っていた。
「か、身体が動かない・・・」
拳銃を構えたままの慶次が呻く様に言う。
「冷静に考えましょうよ。警護も置かない。貴方の武器も所持させている。それは普通に考えれば、それを抑止出来る力が私にあるという事でしょ? 貴方はもう不要ですから、どうしましょ・・・」
神楽の言葉は最後まで発せられることは無かった。武蔵が凄い勢いで立ち上がったかと思うと、テーブルの上を駆け出したのだ。そして、腰にある竹刀を取り出し、座っている神楽の横面にそれを叩き込んだのだ。彼は勢いよく吹き飛ばされる。
「田中殿。どうしたでござるか! 慶次殿に危害を加えることは許さないでござるよ。慶次殿も短筒を下ろして」
しかし、神楽が何事もなかった様にゆっくりと立ち上がる。先ほどの攻撃は竹刀とはいえ、相当なものだったはずなのだが、彼は平然とした顔で立ち上がってきていた。
「結構なお手前で」
「な、何ともないでござるか?」
「ええ、私は田中だったのですよ。つまりは、機械の身体を持っている。しかも、特殊なね」
神楽の顔にできていた痣に泡の様な物が立ったかと思うと、傷が治り始める。
「まあまあ、武蔵さんも席にお帰りください。慶次さんには危害は加えないと約束します」
神楽の言葉に従い、武蔵が再びラズ達の方に歩み寄って来る。
「さて、そろそろ、主役を全員揃えましょう。出て来てくださいませんか?」
神楽が意味深な事を言うと、ラズの鞄の口が開く。すると、そこからグレンが出て来て、宙に浮かぶ。
「先祖に似ているな。お前は神楽の子孫か?」
「貴方もあの時に話を聞いていたはずでしょ? 私は神楽蓮本人ですよ」
「貴様、あの神楽蓮本人なのか。顔が違うではないか?」
グレンが驚愕の表情を浮かべる。
「私はあの時の私であって私ではないのですよ。あれは人間の頃の神楽だ。それに、長い時間生きていて、同じ顔では不審がられるでしょう?」
二人の会話は、ラズには理解が及ばないところもあったが、目の前の男が、グレンの言う神楽と同一人物だと言うことは理解できた。
「不死の身体を得たか。馬鹿な事をしたものだ。そんなことをして何になる? 元から人間は永遠の存在であろう。愛する者と混ざり合ってな」
グレンの言葉に神楽が笑い始める。
「何がおかしい」
「ははっ。いや、失礼。颯真にも同じ事を言われたなとね。やはり、貴方は颯真が生み出した魔物だ。魔物は近くにいた人間に似る。又は、貴方も颯真もリーナさんの影響ですかね」
「・・・颯真はどうなったのだ?」
「私の目的が叶った後は地球に帰られましたよ」
「嘘を付くな! リーナに会いにソマリナに来ると約束したのだ!」
「颯真の言葉を借りるなら、昔の女に興味が無くなったんじゃないですか? または、新しい恋を見つけたとか? 当時は牡丹さんもいましたしね」
颯真はリーナを愛していると思っていた。しかし、神楽の言葉にはそれを感じるものはなかった。妻を捨てて、他の女性に行ったのが真実であれば、ラズには共感ができない物であった。
ただ、ラズは神楽という男が信用できなかった。それは人間の温かみを全く感じないからだ。
「まあいい。それより、貴様、どこまで知っている?」
「そうですね。青い結晶を貴方達が持っている事と、それの使い道くらいでしょうか。まあ、話を戻しましょう。貴方達は私と共に地球に向かう。これは、人の未来のためでもある」
「何故、青い結晶のことを知っている? ラズにしか話していないはずだ」
「昔、颯真に教えてもらっていましたよ」
「何故、こんな信用ならんやつに・・・」
グレンが驚愕の表情で言う。確かに、何故、神楽にそんな重要な事を伝えたのであろうか。
「まあいい。ただ、誤解がある様だが、青い結晶は見つかっていないぞ」
グレンが言うと、神楽が溜息を吐く。
「簡単な推理ですよ。恐らくは、貴方とリーナさんは青い結晶を手に入れに、あの星に向かったのでしょ? その貴方が地球への経路を辿っている。青い結晶を手に入れ、オリジナルの赤い結晶との併用で、何かしらの魔法を使おうとしていると考えるのが普通でしょ?」
「そんな事はない」
二人の口論はラズには分かりかねたが、ここで神楽と争って意味があるのだろうかと思い始める。例え、強引にこの場を去ったとしても、この星の事情は何も解決しないのだ。それどころか、慶次の身にも危険が及ぶかもしれない。
それに、ラズも魔法で苦しんできた人々を見てきた。横にいるクレアもその一人である。魔力とフリーエネルギーを消すことは価値がある話なのでは無いだろうか。
「皆落ち着いて。その地球へ行くのは俺一人ではダメなの?」
「いや、ラズが行くなら私も行くよ。一人で行かせられないよ」
ラズの言葉に即座にクレアが言うと、武蔵と慶次も同意する。しかし、彼らをそんな危険な事に突き合わせる訳には行かない。
「私は反対だ」
グレンが言うと、神楽が首を傾げる。
「何故? 貴方の目的は地球に青い結晶を持っていく事でしょう? それってつまりは何か願いを叶えるためでしょ? もしかして、私と同じ願いだったりします?」
「ち、違う」
「・・・ふむ。ソマリナから来たのはその青い瞳の少年でしたね。彼に何かあるのですか? そう言えば、ダリア星でその少年を介して凄まじい魔法を使いましたね。もしかして・・・?」
「止めろ! それ以上話すな!」
神楽の話をグレンが遮る。どうにも彼は青い結晶の詳細になるとその話を避ける傾向があった。そのグレンを神楽が楽しそうな目で見つめる。その目は何かを観察している様にも思えた。
「とりあえず、貴方達には地球に行ってもらいますよ。例え強引にでもね。シザー、彼らの動きを止めなさい」
神楽が言うと、ラズ達の身体が動かなくなる。手を動かそうにも足を動かそうにも、全く動く事がなかった。
「か、体が動かぬ」
武蔵が必死に抵抗を試みている様であったが、彼の体が動くことは無かった。
少しすると、空から四つの首輪のような物が現れたかと思うと、四人の首にそれが装着されてしまう。
「残念ですよ。こんなことしないとならないのが。まあ、大それた物ではありませんよ。私の意に反することをしたら、首輪が爆発するだけです。まあ、外そうとかは考えない方がいい。その場合はすぐに爆発しますから」
神楽が恐ろしい言葉を述べる。
「何? 私は別にいい。ただ、彼らにまでそんな危険なものを付けるんじゃない」
慶次が怒りを露わにする。
「それでは、地球で頑張りましょうね。人類を救うためにも!」
神楽はそう言うと、笑みを浮かべる。