想いの食い違い

 黒い空間が広がる中、小さな宇宙船がソマリナに向かって飛んでいた。それは大海の様な宇宙の中では、豆粒にも満たない大きさだろう。
 宇宙船が完成し、セシルとリーナと颯真はソマリナに航路を向けていた。運転席には颯真がいるが、自動で操縦されているため、厳密には彼が作業する事は何もない。ただ、退屈な宇宙船の中を彼なりに盛り上げようとしてくれた。
「航海は順調! 上々な滑り出しってね」
 リーナの隣の運転席に座っている颯真が笑みを浮かべながら声を上げる。ただ、こういって会話をしているのもそろそろ終わるだろう。五年近くかかる航路なことから、そろそろ、冷凍睡眠に入ることになるだろう。
 宇宙を楽しむために起きていると言うのもあったが、何よりも、ある程度の距離を走らないと危険がある可能性があると言うことからだろう。この近辺では宇宙に出た地球人がいる可能性がある。
 宙に浮いていたセシルは近くにあるモニターに視線を向ける。そこには真っ暗な空間の中に、白い点々が幾万も広がっていた。何度見ても美しいものであった。
 ただ、セシルは気になる事があった。颯真の様子がどうにもおかしいのだ。普段と変わらない様にも思うのだが、何か隠している事がある様に思える。
「リーナさぁ。ソマリナがどんな星になったら良いと思う?」
「ふふっ、人も動物達も植物もみんなで仲良く出来るような星がいいね」
 種族に分け隔てなく全てに愛を向けるリーナの事がセシルは好きだった。正直、幻想に過ぎないと思うところはある。しかし、そんな星があったら素晴らしい事この上ないのではないか。
「そんな星になったら、地球なんか捨てたいと思わない?」
「そんな事は考えたこともないわ。・・・一体何が言いたいの? 颯真」
 颯真の言葉はセシルが聞いても非常識に思えた。彼の責任で地球があの様になったと言う気はない。ただ、あの星を救えるのは彼だけなのだ。その颯真が地球を捨てては誰があの星を救うと言うのだろうか。
 颯真は何かを伝えようと唇を何度か動かすが、それが中々言葉にならない。
 その時、突然、リーナが両の耳を手で塞いでしまう。
「やっぱり言わないで!」
「青い結晶を君の病のために使わせて欲しいんだ。地球の事は忘れてさ」
 それが、颯真の本音なのだろうと感じた。人類を救うとは言っていたのはリーナを連れてくるためだけの方便だったのではないか。彼はリーナの病を治す事の方を優先したいのだろう。それは、セシルとしても理解できる気持ちではあったため、彼はそれに口を挟めなくなる。
「そんな事ダメだよ。颯真。皆のことも考えて。貴方は私の。・・・いえ、世界のヒーローなのよ」
「俺はヒーローなんかじゃないよ。俺には人類のことなんか・・・」
「その先は言わないで。貴方の口から、そんな言葉を聞きたくない」
 颯真の言葉にリーナが強く拒絶する。
「それなら、ソマリナで暮らして、俺と離れ離れになってくれ! そうすれば、君は助かるんだ!」
「なんで、そんなことを言うの?」
「それは。・・・俺が愛した者は命を落とすからだよ!」
 セシルには意味が分からないものだった。彼が愛するものは命を落とす呪いでもあると言うのだろうか。賢い颯真にしては馬鹿らしい迷信を信じている。
 その時、何か音のようなものが聞こえてくる。
「近くの星からの救難信号だ」
 颯真はそう言うと緊急信号のアラートを止める。
「え? 何しているの。早く助けに行かないと」
 リーナの提案はセシルにとっては早計に思えた。正直、何者が救難信号を出しているか分からないのだ。地球内の救難信号とはレベルの違う警戒が必要だろう。宇宙には地球の法や秩序は全く存在しないのだから。
「リーナ。俺らはソマリナに急がないとならないんだよ。それにどんな星か分からないんだ」
「でも、見捨てる事なんて出来ないわ。最近の颯真はおかしいよ」
 リーナが言うと、颯真が困った顔をする。
「分かった。宇宙船を止めて、緊急信号があった星に観測機を送ってみるよ。宇宙船、飛行を止めて、観測機を緊急信号があった場所に向けてくれ」
 颯真が命令すると、宇宙船は止まり、モニターには、観測機らしき飛行物体が謎の星に向かい、飛び立っていく。
 宇宙船の主モニターが観測機から送られてくる画面に切り替わる。そこには地球に良く似た星があった。それは地球と同様に水の惑星と言って良いだろう。
 観測機は更に進むと、その惑星の大気圏を超えて、内部に侵入する。
「酸素はある様です。簡略的にいえば、地球と大差ない環境に思えます」
 宇宙船から電子音声が聞こえてくる。
「大気も水もある。こんな、惑星あったのか?」
 颯真が呟く。
 観測機は更に進み、様々な映像が流れてくる。植物達の姿もあった。動物の姿もあった。それは、一言で言えば、人が誕生する前の地球の様であった。
 しばらくすると、観測機はある小島に上陸する。そこは、リゾート地の様な場所で、海と木々に囲まれている場所であった。そして、そこには一機の宇宙船があった。
「ここが緊急信号のあった場所です」
「今までで、この星に人の気配はあったか?」
「恐らくは、この宇宙船にいるのでしょう。IDの反応が一つあります。そのため、地球人の可能性が高いでしょう」
 宇宙船の電子音が答えるが、地球人だからといって安心するのは早計であろう。
「本当に遭難者なのか? 救難信号を送った者。返事を頼む」
 颯真が言うと、宇宙船に電波の悪い音声が受信される。
「ジージー、救難信号に反応頂き、ありがとう。こちら、木村牡丹と申します」
「牡丹さん? おいおい、俺は如月颯真だよ」
「颯真さんですか? お久しぶりです」
「何で、こんな星に?」
「ええ、星の研究に来ていたのですが、宇宙船が壊れてしまって」
「そうか・・・」
 颯真が通信を切ったのか、声がしなくなる。何故、突然、通信を遮断したのだろうか。
「何で通信を切ったの?」
「彼女にしては、明らかにおかしい。抑揚の無い声だよ。何か原稿を読んでいる様に思える」
「でも、本当に宇宙船の故障で困っているかもしれないじゃない?」
「確かに、観測機の結果では、彼女の宇宙船の飛行機能は壊れていた。しかし、わざと壊した可能性もある」
 セシルは颯真の考えに同感する事が多かった。考えてみれば、牡丹とは神楽の助手だった女性のはずだ。彼の事は話だけ聞いたがいけすかない人間だと思っていた。
「でも、それは推論でしょ? 宇宙船が壊れていて、助けを求めている。助けるのが普通じゃない?」
 こう言う時のリーナは頑固だ。颯真は諦める様に溜息をつく。
「分かったよ。ただ、上陸しても不審なことがあれば、すぐに飛び立つよ。牡丹さん、今からその宇宙船の近くに着陸する」
 颯真が途中から交信を再開し、そう言うと、宇宙船に、観測機回収後に該当の星に着陸する事を命じる。
 観測機を回収後、宇宙船は徐々に星の重力に飲みかれる様に地面に近づいていく。それは、先ほど、観測機が見たリゾート地のような小島に降りていく。
 宇宙船が着陸すると、颯真が席を立つ。
「まずは、俺とセシルで会いに行くよ。宇宙船、出入り口を開けてくれ」
 颯真が命令に従い、宇宙船の出入り口が開き始める。その考えにはセシルも賛成であった。
「私も行くよ」
「いいから、しばらくここに居て」
 颯真はリーナを制すると、宇宙船の出入り口に向かう。それに着いて行くように、セシルも宙に浮かびながら着いて行く。宇宙船の入り口付近まで来て分かったのだが、魔力を感じる。どこかに魔物がいるか、この付近で攻撃の魔法が使われた可能性が高い。彼はその事を颯真に伝える。
「そうか。魔物がいるかもしれない。警戒しておいてくれ」
 颯真が真剣な表情を浮かべる。
 セシル達が外に出ると、宇宙船の出入り口が閉まる。すぐに、彼は相手の宇宙船に視線を向けると、一人の女性が相手の宇宙船から出てくる。これが例の木村牡丹という女性だろう。テレビで、悪魔の研究をした女性と紹介されていた気がした。
「お久しぶりですぅ。颯真さん!」
 牡丹が猫撫で声で言うが、颯真はそれに反応する事はなかった。
「宇宙船が壊れているの? それなら、修理するよ」
 すると、相手の宇宙船の入り口が開いたかと思うと、そこから、男が降りてくる。茶色の長い髪をした、スーツ姿の男の姿であった。
「お久しぶりです。颯真」
「久しぶりだね。神楽さん。あんたもいたのか。IDの反応は無かったけど?」
「システムから抹消したのですよ」
 突如、颯真が乗っていた宇宙船から軋むような音が聞こえてくる。セシルがそちらに視線を向けると、宇宙船には妙なへこみが数個できている気がした。
「何をした?」
「ちょっと、あの宇宙船に圧力をね」
 神楽が胸元から、魔物の様なものを出す。黒い髪をしたグレンとは違う様相をした魔物だ。彼から魔力を感じていたのだろう。颯真が慌てた表情をする。
「あの時、救ってくれた魔物か! 宇宙船を守らないと」
「あまり、変な動きをしない様に。あんな宇宙船、一瞬で粉々にできるのですよ。ただ、安心してください。私の話を聞いてくれれば、そんな結果にはならない」
 颯真が引き攣った顔をしていたが、それに反し、神楽が冷笑を浮かべていた。
「何が望みだ?」
「説明の前に少し昔話を・・・。戦争が始まってから、私のたった一人の妹が魔物に殺されましてね」
 セシルは神楽が恨み言を吐くつもりだと感じた。確かに、魔法も魔物も完成したのは颯真の力が大きい。しかし、彼の警告を無視して、技術を悪い方向に進ませたのは神楽の責任だ。颯真に恨みを持つのは筋違いではないだろうか。
「お悔やみ申し上げるよ。さぞかし、俺が憎いだろう。魔物は俺の発案だ」
「いやいや、勘違いしないでくださいよ。確かに、悲しい事だった。でもね。それは人類の発展のための尊い犠牲なんですよ」
 神楽の言葉は気味の悪さがあった。
「妹さんが亡くなって、そんな言葉を吐くとは、どうかしてるよ」
「貴方も同類でしょ。・・・それは良いとして、私は妹の死で思ったのです。人は何て儚いのだろうとね。このまま、地球の状況が悪くなれば滅んでしまうかもしれない」
「何が言いたいんだい?」
 神楽が天を見て、少し間を開ける。
「もう、あの星は必要ない。代わりに新たな地球を作りませんか?」
「何を言っている? そんな事が出来る訳も、許されるはずもない」
「貴方もそんな事を考えた事があるのでは? 私と同じ貴方ならきっと・・・」
 それを聞き、颯真は黙る。確かに、彼はリーナにそんな話をしていた。彼女の望む星を作りたい。そんな思いがあった様に思えた。だが、そんな事が可能なのだろうか。
「貴方も気付いているはずだ。スプライトの技術と魔法の技術を使えば可能だと」
「神にでもなりたいのか?」
「私はそんなものに興味はない。私が愛しているのは美しい性質を持った人類だけです。万物を愛せなど。・・・とてもとても」
 神楽が笑いを浮かべる。セシルはこの男が本当に好きにはなれなかった。
「それで、その申し出を断ったら、俺の宇宙船を破壊すると」
「想像にお任せしますよ。ただ、私は貴方もリーナさんも好きです。だから、そんな結果になって欲しくはない」
 神楽の言葉は、明らかに脅迫であった。セシルの頭に勢いよく血が上る気がした。彼は敵意を持って、黒い髪の魔物に手を向ける。攻撃の魔法は使えないが、目の前の魔物の行動を封じることはできる。
「やめろ! 本当に宇宙船が危うくなる」
 颯真は強い言葉を吐いた後に、考えるように顎に手を当てる。実際問題として選択肢が狭まってきているのが事実だ。
「へいへい、分かりやした。ただ、条件があるよ。あんたが必要にしているのは俺だけだろう。他の者達はこのまま目的地に行かせてやってくれ」
「何を言っているのだ!?」
 セシルが強い口調で言うと、颯真が彼に視線を向け微笑を受かべる。
「ちょうどいいかもしれない。君はリーナを連れて、例の星に向かってくれ。そこで、地球の事も俺の事も忘れさせて欲しい。宇宙船に単独計画と告げれば全部処理してくれる。・・・どうせ、青い結晶は駄目元だった」
「何を意味の分からないことを。お前も追ってくるのだろう?」
 颯真が苦しそうな表情をしたかと思うと、何度も首を振る。
「・・・うん。そうだな。あいつらの問題を片付けたら向かうよ」
 颯真の表情は、迷いと悲しさと諦めと様々な感情が混ざっているように思えた。
 颯真がセシルと話した後に、彼は神楽達の方を向くと、そっちに移動していく。
「これでいいだろ? もう、宇宙船の魔法を解いてくれ」
 颯真が神楽達の元に着くと、宇宙船にかかっていた攻撃が消えた様に思えた。向けられていた強い魔力がそこから消えたからだ。
「これでいいのですよ。貴方のためにも、彼女のためにもね」
 神楽が小さめの声で言う。
 颯真を含めた、三人が神楽の宇宙船に向かおうとした時、セシル達の宇宙船の出入り口が開き始める。恐らくはリーナが開けたのであろう。
「セシル! 命令だ。魔法でリーナを眠らせて、そのまま、単独計画を宇宙船に実行させるんだ!」
 颯真がそう言うと、セシルの意識が遠のく。

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