クレアの想い
無事に宿も見つかり、そこに泊まることになったのだが、ゆっくりする間も無く、田中と武蔵は何処かに行ってしまった。田中が武蔵の刀を持てないことへの対策をするとか言っていた気がした。
そのため、しばらく、ラズとクレアも夜道を歩くことにしたのだ。四人で過ごすことも好きであったが、二人で過ごすのも気持ちの良いものであった。
日が落ちてしまうと、この街は薄暗く感じた。ソマリナの様に伝統があるわけではなく、僅かな明かりを頼りにしているためだ。
ただ、今日の夜の街は屋台も出ており、賑やかであった。年末の祭りが始まっているのだろう。
「みんな素敵な着物を着ているね」
クレアの言葉通りに殆どの町人が着物を着ていたが、この星の住人はあの様な服装で暑くは無いのであろうか。そして、確かに素敵な着物であったが、浴衣を着たクレアが何よりも素敵なものであった。
それは武蔵がお金を渡してくれ、先ほど、クレアが購入した物だ。彼女は彼のお金で購入するのに抵抗があった様だが、白色の生地で、桃色の花の模様が描かれた浴衣の誘惑に負けてしまった様だ。
「うん。そして、皆楽しそうだね」
「私の村では、いつも、魔物に怯えていたなぁ」
「そっか・・・」
クレアが悲しい笑みを浮かべていた。魔物に怯える生活というのはラズには想像できない物であり、どんな返答をしても薄っぺらいものになりそうだった。
「祭りとかもあったよ。ただ、私と一緒に回ってくれる人は誰も居なかったかなぁ。まあいいんだけどね。一人でも楽しいし」
一人で祭りに行く事が悪い事ではないが、彼女としては不本意な事だったのだろう。
「これからは俺を一緒に連れて行ってよ」
ラズの言葉にクレアが嬉しそうな顔をする。
「ソマリナにも、こういうお祭りはあるの?」
「うん。ただ、こういった姿をしているのは俺だけだったから、もし、君がソマリナに遊びに来たとしても不思議がられるかも」
「そっか、そう言っていたものね。ラズも寂しい思いをしたでしょう?」
ラズは一瞬言葉に困る。寂しい思いをしたのは事実であろう。ただ、彼女とは違い、彼には家族が居た。孤独の次元が違うだろう。
「まあね」
色々な思いがあったが、ラズはそれだけ返す。
「そっかぁ。でも、ソマリナは良い所なんだ。そこで暮らしても良いかもね」
確かに、ダリア星に戻ったとして、クレアには良いことがないように思えた。どの村に移住しようとも、魔女として、人々から迫害を受けるのでは無いか。それに何よりも、彼女がソマリナに移住してくれるのは、ラズにとっては朗報であった。
「うん。君が良ければ是非!」
ラズが答えると、クレアが少しだけ黙り、笑顔が薄れていく。
「・・・私はスプライトとかいう化け物かもしれないんだよ。そんなのを連れて行くの?」
それは、ダリア星の一軒家での事を気にしているのだろう。「スプライト」とグレンと謎の魔物は呼んでいたが、あれは何だったのだろうか。ただ、例え、スプライトだから何だというのだろうか。クレアはクレア以外の何者でもない。
「俺だって、自分が何者かなんて本当の意味では分からないよ」
ラズの言葉と同時に、空に花火が広がる。
「綺麗」
クレアは上を見ながら嬉しそうな表情をする。
花火が数発上がるのを見て、ラズは思う。花火も火薬を使用しているのだ。これは使い方によっては人を傷つける物だが、この時は、人を感動させる物として扱われている。スプライトや魔女が力を持っていようが、それは扱う物次第で変わるのだ。
「君がスプライトかどうかも、スプライトが何なのかも分からない。でも、君は君だ。それ以外の何者でも無いよ」
「そうかな?」
「だから、ソマリナに来てほしい。君に常に一緒にいて欲しいんだ」
クレアに視線を向けると頬が紅潮している様に思える。ラズの心臓が早まっている事を感じていた。
「えっ、それって?」
「俺の偽らざる想いだよ。この星で嘘をついたら妖怪に襲われちゃうからね」
ラズが言うと、クレアが笑顔を浮かべる。
その時、近くを二人の町人がラズ達を横切って行く。
「へっ。地球屋なんておかしな店があるねぇ」
ラズは地球というキーワードに反応し、そちらに視線を向けると、彼の視界に気になる店が飛び込んでくる。店の看板には「地球屋」と書かれていた。それは、一見すると普通の店であったが、展示の中に丸い惑星のような模型が存在している様に見えた。あれは、地球という惑星の形ではないだろうか。
「ごめん。あの店を見に行っていいかな?」
「えー。せっかく良いムードなのに! ・・・まあ、いいよ。行こう」
クレアは不満が含まれた口調でいうが、彼女も地球という言葉に関心があるようであった。二人は地球教の店に向かう。
「いらっしゃい!」
二人が地球屋に入ると威勢の良い声が飛んでくる。ラズはすぐさま、先程気になった模型の近くに移動する。
「なんて美しい星なんだ・・・」
ラズが呟く。ソマリナも水の多い惑星であったが、その比ではなく、それは青く輝いていた。ますます、ラズはこの星に行きたくなる。
「お客さん、地球に興味あるんで?」
店主らしき男が笑顔を浮かべていた。
「ええ、この星はどういったものなのですか?」
ラズが言うと店主が怪訝な表情をする。
「お客さん、地球に知見があって来たんじゃねえんですかい? まあいいや。うちで扱っている商品は、地球教って教えの商品なんでさぁ。何でも、そんな丸っこいところに、神さんや仏さんが住んでいるとか言う話です」
「人間や魔物や動物が住んでいるわけではなく?」
「神様や仏様の姿は我々に似ていたようですね。魔物というのも居るという話もありますな。ただ、私は只の商売人でね。詳しくはそのあたりに置いてある本を買ってくださいな」
「これで、お勧めの本を買えますか?」
ラズが武蔵からもらった小判を商人に渡す。彼自身だけが欲しいだけのものであれば使う気はなかったが、これは田中も興味がある様に思えたからだ。
「へいへい。おすすめの本を数冊用意させて頂きますよ」
店主の態度が変わり、嬉しそうな顔を浮かべる。
「青々しい丸い星に神々が住む。そこには天に届くほどの頑強な建物が何個もある。彼らは我々を生み出した神である」
クレアが独り言を呟く。地球という星の文明が発達しているならば、正しい内容なのだろうが、何故、彼女がそんな事を言い出したかに疑問が残る。
それに我々を生み出した神とはどういった意味合いだろうか。今まで聞いた事の通りに、地球には本当に神話のような世界が広がっているのだろうか。
「何の話?」
「ダリア星にそんな言い伝えがあるの。・・・地球が本当にあるなら、私達は彼らに生み出された何かなのかな?」
それは、ラズを考えさせる物であった。地球の人間、つまりは、ダリア星では、牡丹という人間があの星の人間を生み出したのではないだろうか。それがスプライトという名前なのでは無いか。しかし、そんなことをクレアに言うつもりは無かった。
「クレア、考えすぎだよ。人にそんな事は出来ないよ」
「でも・・・」
クレアが暗い表情を浮かべる。
「どうしやした? 商品はこちらでどうでしょう」
店主が怪訝な表情で、ラズに商品を渡してきたため、彼はお金を渡す。
「ありがとうございます!」
お金を受け取った店主が元気の良い声を張り上げる。
「さあ、もう、宿に戻ろうか」
ラズの先導で、二人は店の出入り口に向かう。隣にいるクレアの暗い表情を見て、彼はこの店に入ったことを後悔した。