制御不能

 大きな山が存在した。その山は道こそは整備されていたが、決して観光地と呼べる様な場所では無かった。そんな山の山頂に一つの木造の小屋が存在していた。
 颯真は神楽研究所を辞める際にもらった退職金で、神楽から格安の別荘を買っのだ。そんな贅沢をリーナは望んでいなかったが、動物や自然が好きな彼女のためだと言う言葉に、反対ができなくなってしまった。
 リーナと颯真は小屋にひとときの休暇を楽しみに来ていた。今は夏であったが、森に囲まれたその場所は涼しさを感じた。
「ほれほれ、いいもんでしょー。反対していたのは誰かな?」
 颯真が新聞を見ながら言う。今の時代、紙の新聞など珍しい物になっていたが、クラシック好きな颯真らしいものであった。
「ええ、私の負けね」
 リーナが笑みを浮かべる。確かに、この別荘に好感が持てるというのもあったが、颯真が研究所を辞めてくれたのが嬉しかった。フリーエネルギーは人類に恩恵を与えたが、あの動物と魔法の研究は好きにはなれなかったのだ。
 リーナが颯真の新聞の裏に視線を向けると、そこには国際連合、エネルギー技術を独占する我が国を非難。と書かれていた。
「裏側の記事、不穏な空気ね」
 それに反応し、颯真が新聞を裏返す。
「ああ、これね。独り占めの欲張りさんは良く無いよね。まあ、この国のことだから、圧力に負けて大公開すんじゃないの?」
 颯真が軽い口調で言うが、そんなものだろうか。ただ、早いところ、世界全体にフリーエネルギー技術が広まって欲しいものだ。
「それより、次の仕事探さないとなぁ」
「次も何か開発に関わる仕事?」
「ははっ、想像にお任せするよ!」
 まだ、仕事は決まっていないのだろう。
 颯真は自らの能力を生かすことを避けている気がする。もっと言えば、あの研究所にいた時も、フリーエネルギーの事以外は話してくれることはなかった。リーナは颯真を信頼しているが、研究内容は気になることもあった。
「ただ、あと三年で例の手術を受けるんだ。ちゃんと仕事を探さないとね。自由なのは今が最後さ」
「それなら、楽しまないとね。まだ明るいし、外を見てこない?」
 リーナの提案に颯真が同意する。
 二人は近くにある、この小屋の出入り口の扉に向かい、その扉を開く。
 リーナ達が外に出ると心地よい風が吹いた。森林の匂いがして何とも良い匂いであった。やはり、リーナは都会よりもこちらの方が好きであった。
 二人は小屋の近くに止まっている車を横目に、木々に囲まれた道を歩き始める。
 しばらく、二人が歩いていると、近くの茂みが物音を立てる。
「リーナ、ちょっと下がって」
 颯真がリーナと茂みの間に入る。
 少しすると、その茂みの中から、犬が現れる。その容姿から柴犬だろうか。犬好きなリーナは笑顔で彼に近づこうとしたが、彼女はその犬の目に違和感を覚える。瞳が赤いのだ。目が赤い柴犬なんて見た事が無かった。
 リーナが不思議に思い、颯真に聞こうとしたが、彼の顔が青く染まっていた。
「これは、スプライトか? 何でこんなところに」
「スプライト? 中止したんじゃないの?」
「あ、ああ。そのはずなんだけど」
 颯真が暗い表情をしていた。彼の言葉は嘘では無いだろう。そう考えると、神楽研究所が独断で進めているのだろうか。
「人間様。何か命令はございますか?」
 突如、柴犬が人語を発したためリーナは腰を抜かしそうになる程驚く。当たり前の話だが、動物が話すわけがないのだ。しかも、その言葉には感情を感じ無かった。
 その時、小さな光が柴犬に当たったかと思うと、犬がその場に崩れ落ちる。
 そして、すぐ後に、銃のような物を持った二人の男が現れる。帽子を被り、迷彩柄の服を着た、見るからに怪しい男達であった。
「まさか、こんな場所に来る奴がいるなんてな。いいな。逃げた犬を始末しただけだぞ」
「すまない。こんな所にスプライトがいるなんて思わなくてね」
「おいおい。そんなことまで知っているなんて、お前何者だ?」
 一人の男が颯真にスマートフォンを向けてくる。そして、その画面を確認したが驚きの表情を浮かべる。
「こ、これは失礼しました! 神楽研究所の如月颯真さんでしたか。視察か何かにいらしたので? ご報告がなかったため」
 男が敬礼する。
「ところで、何故、スプライトの瞳が赤いのですか? 魔法の研究は中止させたはずですよ」
「魔法? 何のことでしょう? ここでは、動物系のスプライトの実験をしている様ですが」
 男が怪訝な顔を浮かべる。
 魔法という言葉に、リーナは嫌な予感がする。以前に颯真が言っていた。赤い結晶を生物に埋め込むことで、魔法を使うことができると。
「ご訪問が仕事でないのであれば、早めに立ち去って頂きたい」
 男の言葉に颯真が頷くと、男達は敬礼した後に、どこかに去って行ってしまう。
 颯真がリーナに視線を向けてくる。
「すまない。リーナ。帰宅になりそうだ。そして、俺は神楽さんと話に行ってくる」
「待って。何が起きているの?」
「すまない。ここから離れたら話すよ」
 颯真は険しい表情でリーナの手を掴み、それを引いてくる。確かに、この場所に止まるのが正解には思えなかった。彼女はその手に導かれるままに足を進めることにする。
 しかし、その時、リーナの胸に痛みが走る。彼女は思わず、膝を落とし、胸に手を当てる。
「どうしたの?」
 颯真が心配そうな顔をしていた。脂汗が額からこぼれ落ちてきたが、彼を心配させたく無い。リーナは勢いよく立ち上がる。
「い、いえ、何でも」
 立ち上がってみると、その言葉通りに、胸の痛みが消えていた。衝撃の光景を見たため身体が反応してしまったのかもしれない。彼女はそれを気にしない事にしようと思ったが、颯真の顔が固まっている様に見えた。
「どうしたの? そんな、大した事じゃないよ」
「あ、いや。何でも。うん、大丈夫なら良かった」
 颯真は笑みを浮かべたが、その顔色は悪かった。

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