ひとときの幸せ

 西暦二千五百二五年、颯真が生み出したフリーエネルギーは、この国のエネルギー事情を解決した。人々はエネルギーの問題に悩む事なく、優雅な生活を送れるようになった。
 少なくとも、これだけであれば、神楽の研究に颯真が参加したことは大正解だったと言えるだろう。
 今日は颯真が休日のため、彼の運転でリーナはドライブを楽しんでいた。そうは言っても、車は自動運転のため、彼が操作をすることは無かった。以前は車にはタイヤが付いており、自らの運転で地面を走っていたらしい。颯真はその車を所望していたが、現在ではタイヤがない車しか存在しないため、断念した様であった。
 全ての人々と同じ様に長寿の手術を受けているリーナと颯真の容姿は多少の加齢はしているが、若いままであった。大抵の人間が幼き頃にこの手術を受けているが、リーナも颯真もこの手術には否定的な意見を持っていた。
「神楽財閥の木村牡丹さんの開発したフリーエネルギーはこの国を大きく発展させました」
 車から声が聞こえてきたかと思うと、窓に映像が映し出される。
「牡丹さんだ」
 運転席に座っている颯真が言う。彼が運転に集中する必要は無いため、リーナの方に視線を向け、満面の笑みを浮かべていた。
 神楽は颯真の名義でフリーエネルギーを発表する事を望んでいたが、彼はそれを固辞し、木村牡丹の発表とする事になった。名誉を求めていない颯真らしい判断であり、リーナはそんな彼が好きだった。
「本名ではなく、ダリアと呼ぶ様にと忠告したでしょぉ」
 牡丹が言うと、二人が笑いだす。
「この栄誉に対して、感謝を伝えたい方はいますか?」
「尊敬する如月颯真さんですぅ」
 牡丹の声が響くと、颯真の表情からは笑みが消える。どこか、苛立ちを感じている表情にも思えた。それが何を意味するのかは、リーナには分からなかったが、彼女は話題を変えることにする。
「スプライトと魔法はどうなったの?」
「どちらも中止させたさ。所詮、レプリカの赤い結晶の魔法では、俺の望むことは出来ない」
 颯真が言葉の中にあるレプリカとは颯真の家にある赤い結晶を複製した結晶のことだろう。ただ、彼の望むこととは何だったのだろうか。たまに、颯真はそう言った事を口走ることがあったが、本意を告げる事は無かった。
「あの研究所には、まだ通うの?」
「正直、悩んでいるよ」
 颯真が笑みを浮かべると、自分のスマートフォンをこちらに渡してくる。
「それを見てくれ」
 リーナがそこに視線を向けると、そこには、寿命再手術権利書というものが表示されていた。
「何これ?」
「この国の法律で子供を作れないというものがある。ただ、例外がある。その権利書を持っている人間は、寿命を元来の人間のものに戻せるんだ。その人間は子を持つことが許される」
 リーナは颯真が言いたいことがよく分からなかった。都市伝説的にはその話を聞いたことがある。しかし、その話が事実だとしても、あくまでエリート層だけを対象にした話だろう。
「フリーエネルギーを得たことで、その特権が緩くなったんだ。それを買うためにも、あそこの研究所に勤めたんだ。もう手に入れたから、あの研究所に通う理由も無くなったと言えば無くなったよ」
 颯真は笑みを浮かべる。以前から、彼は言っていた。人は自らの天寿を全うしたら、次の世代に託し、現世から去るべきだと。リーナもその意見には賛成であった。
「君がよければ、この手術を受けてから、子を持とう」
「でも、私達だけ・・・。何だか悪いわ」
「気にすることはないさ。フリーエネルギーを得たんだ。俺はこの考えを広めるよ。そして、世界中の人が子を持てる様にするんだよ」
 颯真が言うと、リーナが彼を抱きしめる。
「おっとと、嬉しいが、一応、運転している身なんでね」
 颯真がふざけた口調で言うと、リーナが彼から離れる。
「手術は手続もあるから、五年後だよ」
 きっと、素晴らしい未来が訪れる。リーナの心に心地よい風が吹いた。

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